空気を編む

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なまぬるい風が、薄手のナイロンパーカー越しに肌を撫でつける。 サンダルから突き出た指先も心地よく、昼間——まだ慣れない学校生活の緊張感をほぐしていった。 春はあけぼのというが、断然、夜のほうがいいと、枚田は思う。 新学期が始まってから初夏になるぐらいまでは、1日のはじまりが憂鬱で仕方がない。夜はそれを溶かしてくれる、つかの間のまやかしのように感じるのだ。 ——往路は、春の訪れを楽しむ余裕さえあった。 自分を部屋に呼ぶということは、もうだいぶ回復しているのだろう。 彼の部屋に招かれるのは久々だったから、単純に嬉しさもあった。 白石家はすでに寝静まっているのか、明かりが消えている。玄関の前で到着の連絡を入れると、少し経ってから鍵の回る音がした。 「州……」 ドアが開き、枚田はふたたび緊張した。 州がまだ発情期の最中であることが、ひと目でわかったからである。 目は潤み、呼吸は荒く、全身が熱っている。 途端、自身の中に危機意識が芽生え、このまま引き返してしまおうかと思った。 「早く入って」 しかし、州はそう言い捨てると早々に部屋の中へ戻ってしまい、断るタイミングを逃した。 「ドア、すぐ閉めて」 「うん」 匂いが廊下を伝い、隣の環の部屋に及ぶのを心配しているのだろう。 扉に背中をつけたまま、枚田は気怠げにベッドに寝そべる州を見た。 「体、まだ辛いの?」 「まぁ。今回のはちょっと長いかも」 発言自体は控えめだが、しんどいのは間違いなさそうだ。 「じゃあ帰るよ。俺いたらゆっくり休めないでしょ」 視線を逸らしていても、彼の息遣いが、枚田の呼吸をも乱す。 逃れるようにドアノブに手を添えると、州が手招きしているのが視界の片隅に入った。
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