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そんな時、一人の男が私の家を訪れた。彼は井上洋介と名乗り、母の仏前に線香をあげさせてほしいと言った。できの悪かった自分を見捨てることなく親身になって相談に乗ってくれた上、時には個別で勉強を教えてもらったのだと彼は訴えた。こうして立派に成長できたのは母のおかげだとも。
母は結婚するまで、高校で教師として働いていた。そのころの教え子なのだそうだ。
このご時世、初見の男をすんなり家に上げるのはどうかと思ったが、私は彼を信用することにした。彼の容姿がどことなく若いころの父に似ていたことが影響していたのかもしれない。
それからも井上洋介は時々私の元を訪れた。もちろん初めのころは母の仏前に手を合わせるのが目的だったのだろうが、やがて彼が私へ向ける視線に特別な感情が混じっていることに気づいた。
そもそも私も彼には好意を抱いていた。肉親を亡くした寂しさを紛らわせてくれるのはありがたかったし、母の死後のさまざまな手続きを未熟な私に教えてくれる彼の存在は心強かったのだ。だから、徐々に彼の気持ちに応えるようになっていった。
ほどなくして私は井上洋介と正式に付き合い始め、それから一年後にプロポーズされた。一回り以上も年上だったけど、私はそれを受け入れることにした。
そのとき、真っ先に頭に浮かんだのは父のことだった。それまで一切連絡はとってこなかったけど、結婚式には出てほしい。これを期に仲直りができるのではないか。そう思ったのだ。
招待状を出しても父から返事は来なかった。それでも式に来てくれることを願い、席は作ることにした。どうしても父の介添えでバージンロードを歩きたかったのだ。
だが、当日になっても父は姿を見せなかった。私一人のわがままで他の来賓を待たせるわけにも行かず、式は予定通りに始まった。
皆が待つチャペルへ、父の代わりに叔父に付き添われ入場する。厳かな空気の中、ゆっくりと歩みを進め、最後は洋介とともに祭壇の前に立った。神父がお決まりの文句を口にし、指輪を交換し、そして誓いのキスを交わす。
その直後だ。大きな音を立ててチャペルのドアが開いた。その場の全員が入り口のほうを振り返った。そこにいたのは、父だった。
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