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パパの花嫁
幼い頃、父は私をひざの上に乗せ、訊いたことがあった。
「アヤ、お前は大きくなったら、何になりたい?」
私はまだ世の中の道理も分からない年齢だったので、無邪気にこう答えた。
「パパのお嫁さんになる!」
そうかパパのお嫁さんかと言って父は嬉しそうに笑い、その様子を母は微笑みを浮かべて見つめていた。
二人は思いもしなかっただろう。まさかその言葉が現実のものになるとは……。
物心ついたときから私は父が大好きだった。背が高くて格好よくて、すごくやさしい。なにより父からはいい匂いがした。あまりにも好きすぎて、このままじゃ道を踏み外すような気がして、あえて父と距離をとるようになった。中学生の時分だったと思う。
それから間もなくのことだ。父と母の関係がぎくしゃくし始めたのは。夜中、不意に目が覚め、水を飲もうとキッチンに行くと、二人が深刻な表情で向き合っていた。私の姿を認めると急に取り繕ったように笑顔を浮かべたが、見るからに険悪なムードだった。一人泣いている母を見かけることもあった。父も家に帰らない日が増えた。半年ほどしてから、両親は離婚した。理由を訊ねても、誰も答えてはくれなかった。
私は母に引き取られた。私に選択権はなかった。あんなに好きだった父に捨てられたショックは大きく、それまでの好きという感情は真逆に転じた。父のことを憎み、きっと離婚の原因もあの人にあるに違いないと思うようになった。他所に女でも作ったのだろうと。
母は私を女手ひとつで育て、大学にまで通わせてくれた。その無理が祟ったのかもしれない。就職が決まった四年生の夏に、母はあっけなくこの世を去った。二人でささやかなお祝いパーティーを開いた翌日のことだった。
その知らせを聞きつけ、私の元に父がやって来た。働き詰めで疲れきっていた母に比べ、父はあの頃とほとんど変わらぬ容姿だった。少し目じりのしわが目立つくらいで、背筋はピンと伸び、あの頃と同じいい匂いがした。彼は私の助けになりたいと申し出た。心は揺らいだが、私はそれを受け入れなかった。やはり捨てられたあのときの感情は忘れられなかった。あんなことさえなければ、母は今も元気なはずなのに。
お通夜に葬儀に初七日と、人の出入りも慌しくて母の死を悼む暇もなかったが、ひと段落すると急に寂寥感に包まれた。
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