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滝のほうを振り返りながらたずねるコータに、カメは大きくうなずきました。
「その通り」と言ってカメはチラリと滝に目を向けます。
「まさかと思うが、あの滝をのぼってここまで来たのかね?」
「はい」と笑顔を浮かべるコータに、カメはまん丸に目を見開きます。
「こりゃ驚いた。あの滝をのぼり切るとは……」
そこでカメは何かに気づいたように、しげしげとコータを見つめました。
「おぬし、コイだな?」
コータが「そうです」と肯くと、カメは眉間にしわを寄せました。
「もしかしたら、龍になりたい、とか思っておるわけではあるまいな?」
「もちろんです。そのために滝をのぼってきたんです。ボクは龍になって、空を飛びたいんです」
勢い込んで話すコータの姿に、カメは大きなため息をつきました。
「確かにこの滝をのぼり切ったコイは龍になる、という話はある。しかしそれは、人間が作り出した伝説のようなものだ」
「そんなのウソだ。サルは確かに言ったんだ。この滝をのぼれば龍になれるって」
興奮するコータをなだめすかすように、カメはおだやかにこう言います。
「そのサルは、きっと人間の話をたまたま聞いただけなんだよ。それを事実と思い込んで、おぬしに話しただけだ」
その言葉にも、コータは納得ができないという風に頬をふくらませます。その姿にやれやれと言いたげなカメは小さなため息をもらしました。
「いいかい。過去にもいたんだよ。おぬしのように伝説を信じてこの滝をのぼってきたコイが」
「そのコイは、もちろん龍に……」
なった、とコータが言うよりも早く、「ならなかったんだよ」とカメが言いました。
「残念ながら、この滝をのぼり切ったところで龍になることなんかできないんだよ」
口をぽかんと開けたまま、コータは言葉をなくしてしまいました。
息苦しいようにぱくぱくと口を動かしていた彼は、やっとのことで言葉をしぼりだします。
「結局、みんなの言うとおりだったよ」
コータの言葉に、カメはにょっきりとのばした首を傾げてたずねます。
「みんなって、だれのことだい?」
カメの問いかけに、コータは登龍門へ来るまでに出会った、カエルやナマズやカニとの会話をカメに話して聞かせました。そして最後にこう締めくくります。
「きっと、ボクがこのままかえったら、そら見たことかと、みんなに笑われてしまうだろうな」
かなしそうな笑顔を見せるコータに、カメは優しい眼差しを向けました。
「そんなこと、気にすることはないさ。笑いたいやつには笑わせておけばいい。おぬしはなにもまちがったことをしたわけじゃないのだから」
「まちがったことじゃなくても、ボクがやったことはむだだったんだ。登龍門をのぼったって、龍になんかなれやしなかった。ボクがここに来たことはむだな努力だったんだよ」
そう言って悔しそうに顔をゆがませるコータに、ゆっくりと首をふって見せたカメは、「そんなことはない」と穏やかに微笑みます。
「龍になれなかったからといって、ここまできたことはけっしてむだではないぞ。おぬしははるばるこの滝まで来て、そしてたった一人でこの高い滝をのぼりきったではないか。おぬしは、一つの事を信じてやりとげる心……龍にも負けない強い心を手に入れたのではないのかね?」
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