序章

2/5
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
あたたかな光の膜に包まれて、目が覚めた。凍えた体に、ぬくもりが染み渡る。こんなにも心地よい場所は初めてだ。  ああ、私は死んだんだ。よく母に、「お前は地獄に堕ちる、堕ちてしまえばいい」と言われてきたが、少なくとも、ここは地獄ではないようだ。  私を見つけてくれた者は、体を埋葬してくれただろうか。いや、もういい。体など、なんの意味もない。たとえ身ぐるみを剥がされ、あの海岸に捨てられたままでも、鳥や獣たちの餌になれる。やっと見つけた、私の安寧の場所… 「いっ…あっ!?」  しかしその安寧は、左腕からの凄まじい痛みで破られた。 「なんだ、今頃そんな声を出して」  春に咲く花のような、優しい匂いがする。瞼を開くと、見知らぬ女が顔を覗き込んでいるのが見えた。  全身で感じる、滑らかな布の肌触り…どうやら私は、ベッドに寝かされているようだ。 「な、」 「人間なのに、恐ろしい生命力だね。普通なら死んでいたんじゃないかな」  気怠げな瞳、薄い桃色の長い髪、私と同じ年頃くらいだろうか。だが、なんとなく本能で感じる。この者は恐らく… 「なぜ…」 「なぜ?なぜ助けたかって?」  女は、息がかかるほど顔を近付けてきた。髪の毛と同じ、薄い桃色の瞳をしている。 「君から、生きようとする力を感じたから」  嘘だ…私は死に場所を探しているんだ。生きることに、希望を見出してなどいない。 「嘘じゃないよ。現に、君の体は死を拒否した」 「ぐ…あっ!?」  女は、無遠慮に私の左腕を掴んだ。だが、本来ならばそこにあるはずの左腕は、肘から先が失われていた。やはり、あの時に切断されていたのか… 「傷口が焼けていた。そのお陰で、出血が少なかったんだろうね。まあ、それでも放っておいたら腐るから、手当はしておいたよ」 「い、一応訊くが…ここは、死後の世界ではないんだな…?」 「子どもじゃないんだ、一度で理解しなよ」 「…すまない」
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!