この祈りが届くなら

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 部屋を出たところは、四階の大回廊になっている。天井から釣り下がるシャンデリアを軸とした、長方形の階下への吹き抜けがあり、一階までを一望することができた。  姫は、いつもと変わらない穏やかな速度で歩いていき、まず図書館へ入った。そしてその中の様相に、ロバートと共に思わず息を詰まらせる。  とても広いこの大図書館は、もとは入り口から部屋の隅々までを見渡すことができたのだが、今や、数々の瓦礫が視界を埋めるばかりだ。等間隔で並べられた書棚や机は、ほとんどが倒れて壁の残骸の下敷きとなっており、かつての静かな景色は見る影もない。あんなにもたくさんあり、少女時代のニーナを救った本たちは、一冊の例外もなく折れ曲がったり破れたりしていた。  入り口から見て向かい側の壁は、もはや完全に砕かれ、吹き抜けとなっている。その壁についていた縦長の窓だけが、この恐ろしい場において唯一原型をとどめていた。 「ああ……」  横の姫の口から、思わずといったような呟きが漏れる。それにどう返せばよいのかもわからず、ロバートは沈黙することしかできなかった。  彼女はやがて、倒れた書棚にゆったりと歩み寄り、そこに収められている本にそっと手を当てる。その横顔からは、色々な感情が溢れていた。  ニーナがこの国に、他国からの養子としてやってきた時、最初に訪れたのはこの図書館だった。ニーナにあれこれ言う義母からの避難所として、彼女はこの静かな空間を好み、同時に本を愛した。 『私の心の拠り所、というような気がするの。とても安心するのよ。本の中に、お義母様は入ってこないから』  そう言っていた幼き姫のことを、ロバートはつい昨日のように思い出すことができる。あの頃から、義母からどんな仕打ちを受けてもへこたれない、強き姫であった。 「ニーナ様」  そっと目を閉じた彼女に、我慢できなくなって、ロバートは声をかける。彼女は目を開けることはなく、ただ顔だけこちらに向けて呟くように口にする。 「この本たちがいなかったら、私はもう死んでいたわ。本当に救われたの。だから、どうもありがとう……」  そうして、その美しい指で、本の背表紙を撫でる。その姿は、同じことを愛おしそうにした少女時代の彼女に重なって見えた。  やがて姫は目を開き、微笑むことも、泣くこともせずに書架に背を向ける。 「ここに思い残すことは、これでもうないわ。急ぎましょう。あの人たちに捕らえられてしまう」
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