この祈りが届くなら

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「あ……」  階段を下りてやってきた三階で、姫は小さく声を漏らした。自分たちがやってきた場所を見て、ロバートもまた、なんとも言いえない思いを味わう。  そこは、食堂だった。それも、王族たちが毎食を摂る故に、国内最高級の備え付けがなされている。  自分の娘や息子よりも出来が良く、美しさをも持ち合わせていたニーナを、義母は少なからず恨んだ。食事を抜き、彼女にとって大切なものを目の前で燃やし、部屋をも取り上げ。傍から見ても、見るに堪えない虐待の数々を、姫に対してやってのけた。  しかしそれでも――ニーナは折れることなく、懸命に踏みとどまった。幾度となく屋外で寝ようとも。母国に住まう実母の形見を、すべて焼き払われようとも。持ち前の強さで、耐え抜いたのだ。  ニーナには妹がいた。エリスという、ニーナによく似た風貌の少女だった。彼女もまた、母国よりこの国に養子としてやってきた。エリスは、ニーナ以上に亡くなった母に似ており、母親の面影を帯びる妹を、ニーナはこよなく愛した。エリスも同様に、よく知りもしない場所で出会った頼りがいのある姉によく懐いた。  二人は、共にいれば、義母からの嫌がらせにも、笑って我慢することができた。 『エリスがいてくれてよかった。ああ、あなたは、確かにお母様の娘で、私の妹なのね』 『はい、私も、姉様がいてくれてよかったです。おかげで、もうなんにも怖くありません』 『エリス、お母様と私と……どちらが好き?』 『ううーん、そうですね。難しいです。でもお母様はすぐに亡くなってしまわれたので、正直あまり覚えていなくて。優しかったというのは、なんとなく記憶にあるんですけど。だから、姉様の方が好きかもしれません。あ、でも、お母様が姉様以上に優しい方だったら、お母様かもしれません』 『ふふ、そう……。エリス、なにがあっても私は、あなたの側を離れないことよ』 『私もです、姉様! 一生姉様についていきます!』  そう元気良く返事をし、垢ぬけた笑みを浮かべた彼女は――もういない。  八年前に、義母によって殺害された。 『エリス、エリスッ! どうしてなの? なんで――。ひどい、お義母様、ひどい! どうしてエリスを殺したりなんかしたの!? 食事に毒を入れるなんて――。卑怯極まりない!』  生まれて初めて人を罵った姫に対して、王妃の言葉はどこまでも無情だった。 『あなたの罪よ。美しく、賢く生まれるとはそういうこと。あなたがすべてを持っていたために、あなたの可愛い妹は、死ななければならなかったのよ』 『そんな――』 『そんな風に悲しまなくてもいいじゃない。どうせいつかは死ぬんだから。それが、少し早まったまでのことよ』 『少しって、お義母様、エリスはまだ七年しか生きていないのよ』  妹を失ったことは、ニーナに深い傷を与えた。苦しみに苦しみ抜いて半年をベッドの中で過ごし、やっと出てきた彼女を、王妃は笑った。  やっと、あの子も痛い目を見たのだわ、と。
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