この祈りが届くなら

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「見たくはないわ……」 「ニーナ様」  気遣うロバートに、彼女は緩く首を振った。 「エリスと過ごした日々も、お義母様の卑怯さも。もう昔のことだもの――。それに、私はあの子との約束を果たせなかったのだから」  そう言って、崩れ落ちた壁の外にある、荒らされた中庭を見遣る。ロバートはそこに、楽しそうに走り回るニーナとエリスの幼き姿を見たような気がした。  ロバートの胸に、エリスが死に際に喘ぎながら言った言葉が浮かんでくる。  ——姉様、私、もっと生きたかった。姉様と一緒にいたかった……。でも、それはできないようですから、私、神様にお祈りしますね。姉様が、私の分まで生きられますように。    ニーナは、その約束を果たせない。エリスの願いを、神は無情にも切り捨てた。  ニーナは、十九歳の誕生日を前にして、今日この日、この国で死ぬ。  深夜、月明かりが照らし出す城は、もはやぼろぼろだ。その城を、異国の兵たちが包囲していた。  この城に立て籠もる、最後の姫を炙り出し、処刑台に立たせるために。  最後にニーナとロバートがやって来たのは、他でもないニーナ自身の部屋だった。それは、一国の姫に与えられるにはいささか小さく、質素な造りではあったものの、姫は文句ひとつ言うことなく、そこに十八年間暮らした。  彼女は、母国から持ってきたほとんどのものを、義母に取られた。一時期は部屋にも鍵を閉められたことがあったほどだ。  しかしそんな中で、彼女が守り通したものがあった。  彼女の母国に忠誠を誓い、彼女を敬愛する忠臣であるロバートと、大きなピアノだ。
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