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城内は、この地の冬に相応しい極寒の空気で満たされていた。城壁も崩れ落ちたところが多数ある故に、時折凍てつくような隙間風が通り抜ける。
常人ならば指がかじかみ、暖かいものを求めて意味のない行動を取るような状況にあって、ロバートの目の前の姫は、至極落ち着き払っていた。
深夜の宵闇と比べても劣らないほど深い黒髪、月光を受けて寂しげに、しかし強く輝く碧の瞳。物怖じすることなく、大人顔負けの厳かなる態度には、皇族の血が混じっていることを確信させるものがあった。
「ニーナ姫、そろそろ」
声をかけたロバートに対し、この国最後の王族である姫は、静かに振り返って口を開いた。
「ええ、そうね」
そして、少々言い淀むような気配があった後、その目をしっかりとロバートに合わせた。
「そうなんだけれど……。ねえ、ロバート、お願いがあるのよ」
「なんでしょう?」
「最後に、この城を、順に巡って歩かせてもらえるかしら」
あくまでも、命令ではなくお願い。臣下にまで丁寧な物腰で応じるその態度も、ロバートが彼女を敬愛している理由の一つだ。
「構いませんよ」
「ありがとう」
「お供いたします。私にとっても、最後ですから」
ロバートが跪くと、彼女はほのかに微笑を作った。それを見ると、ロバートも、強張っていた頬が自然と柔らかくなる。
「行きましょうか。私たちに残された時間は、あまりないものね」
彼女はそう言って窓際を離れ、部屋を出て行く。それに続き、ロバートもその場を後にした。
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