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「西野!」
日も落ち、よくやくうだるような暑さが消えつつある頃。
後片付けを終え、球場から去ろうとする私を後ろから低い声が呼び止める。
振り返ると、ニキビっ面で大柄、筋肉質、坊主頭――どこにでも居そうな縦縞ユニフォーム姿の高校球児が居る。
佐藤則道、野球部の主将で背番号は2だ。
「ノリちゃん」
「……ノリちゃんって言い方はやめろよ。部員も近くに居るんだから」
駆け寄ってきた彼を見上げる。
身長189センチの彼は158センチの私が顎を上げるほど大きい。
「ごめんごめん。いつもの癖で……つい」
「ま、いいさ。どうだ西野。これで次は決勝だ」
苦笑する私に、笑顔で――まるで撫でてほしそうな子犬のような視線を向ける彼は、家が斜向いで小学校から一緒の幼馴染だ。
「おめでとう。甲子園まであと1つだね。……大事なところでコケるんじゃないぞ、ノリ」
後半は少し胸を張り、野太い声で言ってみせる。
「……こんなところで親父のモノマネしなくていいよ」
「でも、私もそう思ってる。ここから先、もっともっと厳しい戦いが待ってるからね。気を引き締めてね!」
微かに苦笑を浮かべるノリちゃんだが、嬉しさが滲み出ている。
私は拳で彼の胸を軽く小突いた。
二人して笑った後、ノリちゃんは急に真面目な表情をした。
「西野も、NHKホール決まったんだってな。おめでとう」
急に言われた。
私の口から先に言おうとしてたのに――
「私、まだ言ってなかったよね? どうして知ってるの?」
「親父から聞いた。昨日な」
「悪いねぇ、一足先に放送の甲子園出場を決めてしまって!」
私が活動している「放送」には高校野球同様に全国大会がある。
NHK杯全国高校放送コンテストがそれだ。三日後に行われる決勝は都内渋谷区にあるNHKホールにて行われる。
ノリちゃんは苦笑してみせる。
「うちの高校から放送コンテストで三年連続決勝なんて前代未聞だよ。中高通算で六回連続出場――そんな西野にウグイスしてもらえて嬉しいよ」
「何言ってんの今更。私がやりたいからやってるんだよ。今は甲子園目指すのが最優先! ほら、部員が待ってるぞ!」
ぱん! と私はノリちゃんの腰を掴んで後ろを向かせた。
決勝進出に喜びを見せていた野球部員たちは荷物を纏めて帰りのバスに向けて移動するところだ。
「また決勝で!」
私は彼の背中を押して部員たちの方へ突き飛ばすと、大きく手を振ってみせた。
野球部員達の大きな「西野さんありがとう~!」という声に手を振って、私は家路につく。
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