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第4話「会いたい 会えない 会えっこない」
(UnsplashのJon Tysonが撮影した写真)
電話口から、恋しい女の声がする。
「呉さん? ……乙彦さん?」
違う、違うんです。僕の名前は『呉乙也』です。
「お仕事帰りなら、お時間があるかしら? 製薬会社にお勤めでしたね?」
いいえ、僕はIT企業に勤めています。プログラマーです。入社して6年になります……。
「もしよければ、あさっての夕方、サウスホテルのロビーでお会いしません? あら、ずうずうしいかしら」
ずうずうしくなんて、ありません。会いたいのは、僕の方ですから。
架空の唇からは、真実があふれ出す。だが現実の口から出るのはウソばかりだ。
「いいですね……では、あさっての18時、サウスホテルのロビーカフェで、いかがです?」
ためらいがちに言った言葉に、ふふ、と和香が笑った。
「なんだか、へんな感じですね。こんなに何カ月もお話してきたのに、はじめてお顔を見るなんて」
「そうですね。楽しみですよ」
「私もです……じゃあ、失礼しますね」
通話が切れた。
乙也は全身がフルフルと震えているのに気が付く。
和香に会える、やっと会える。
顔が見たい、笑うのが見たい、声と画像がリンクするのが見たい。
だが。
会えない。
会えっこない。
呉乙也は28歳でしかなく、和香が恋している呉乙彦は、48歳。
あいだにある20年を2日で越える方法が、欲しい——。
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