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人々が暮らす街、そこから見上げた空の遥か上。人の目では決して見る事の出来ない場所に、天界がある。
その中で、様々な神様の下、天使や死神、転生前の魂達が共に暮らしている場所、そこが天国だ。
天国には、人間の世界と同様に街があり、山や川といった自然が、様々な商店、学校や公園、遊園地や娯楽施設もある。動物園や水族館、サバンナや海もあるが、そこは転生を待つ動物達が暮らす場所となっており、野生の動物達の魂も休める環境が整っている。魂となれば食事はしないので、野生のライオンとシマウマの魂も天国では仲良く暮らしながら、転生の時を待っていた。
そんな天国の中心にあるのは、神様の住まいもある世界管理局の本部だ。その敷地は広く、中央にある本部と呼ばれる建物は、真っ白な壁がどこまでも高く聳え立つ、巨大なお城のような建物だ。てっぺんには神様達の住まいがあるので、外から見えないように、建物の上部は消えない雲によって隠されている。遠目から見ると、雲を被った山のようにも見えた。世界管理局には、その他、様々な部署の建物や、手入れが行き届いた庭園が広がっている、ここだけで一つの街のようだった。
世界管理局とは、神様の元で指示を受けながら下界の管理をするという、その名前の通りの職場であり、天使と死神で役割は異なるが、アリアとフウガもその局員の一人だ。
その中でも、フウガの仕事振りは有名で、天界では知らない者がいないという。優秀故、時に同僚達からはサイボーグと呼ばれる事もあるようだが、天使も死神も、魂となった人々でさえ、フウガを慕い頼りにしているようだった。
そして、アリアもまた、ある意味で有名な天使だった。
日がな一日ろくに仕事もせず、時に世界管理局の広場の木の上で、時に天国の公園のベンチで、といった具合に、とにかく昼寝ばかりしている、なまくら天使として有名だ。
フウガが初めてアリアを見た時も、アリアは昼寝に勤しんでいた。
それは、フウガが仕事の報告をしに本部へ行った時の事。広場の木の上で白い翼を風に揺らし、金の輪をアイマスクのように目に被せて、いびきをかいている天使がいた。それがアリアだ。
「アリア!お前はいい加減仕事しろ!」
アリアの上司だろうか、金色の髪を後ろに撫でつけた天使の男性が、アリアを怒鳴りつけながら翼をはためかせ木の上に向かう、アリアはむずかるように寝返りを打った。木の上で器用なものだなと、変な所で感心を覚えたフウガは、その様子を眺めながら木の下を通りすがった。
「だって、俺が仕事したら仕事が倍になるじゃん」
「お前が仕事を覚えないからだろ!」
「覚えらんないんだもん、頭では分かってんだよ?でも、なんか勝手に手が動いて別の事するんだよね」
そんな馬鹿な。フウガは心の中で呟き、上司と思しき天使を憐れんだ。
あれが有名ななまくら天使か、苦労するな。あれではすぐにクビになるだろう、いや、下手すれば消滅だろうな。
そんな風に思いながら、フウガはちらと振り返り、アリアを仰ぎ見た。薄紫色の髪がふわふわと揺れるのが目に止まり、フウガは疑問に足を止めた。人間に化けている時は別だが、死神の髪が皆、銀色であるように、天使の髪は皆、金色だ。それはユニフォームみたいなもので、髪を他の色に染めることは、まずない。
アリアは何故、あんな髪の色をしているのだろう。
「………」
疑問には思ったが、それもすぐに頭から押し流し、フウガは足を動かした。
アリアの髪の色が何であろうと、アリアの行く末がどこであろうと、フウガには関係のない事だ。フウガにとって、仕事以外に時間を割くのは必要のない事だった。誰に頼られ慕われても、それは仕事を丁寧にやった結果なだけであり、フウガにとっては、それ以上でも以下でもない。
それに何より、死神の自分が天使と仕事で直接関わる事もない。
この時は、この先会う事もないだろうと、流れる景色と同じような感覚で、アリアの事は頭から追いやっていた。
だからまさか思いもしない。背中にアリアを背負って、下界で共に働く日がくるなんて。
***
歩道橋の下で助けた女性と別れた帰り道、また黒い影が出やしないかと空を眺め歩くフウガの背中で、小さく笑う気配がした。
「…何です?」
「優しいんですね、死神さん」
先程の女性を真似てか、からかいを含んだアリアの声に、フウガは溜め息を吐いた。
「あなたには優しくしていませんか?」
「仕事だからだろ?」
そう言われては、返す言葉がない。フウガとしては、この仕事にはアリアが必要だから世話を焼いているだけで、何なら、今回のフウガの任務は、アリアの世話といっても過言ではない。
「噂通りだなー。俺達の前とじゃ、全然態度が違うの。魂達がお前のこと紳士的で素敵ーって、言ってんの、よく分かった」
「…あなたが彼女に手を貸してやれと言ったんでしょう」
先程、フウガは彼女に声を掛けずに通りすぎる予定だった。次にまた誰かが黒い影に襲われる可能性もある、早めに撤退して次に備えるのも仕事の内だ。だが、アリアがそれを引き止めた。ぼんやり座り込む女性の姿を見て「助けてあげて」と、フウガの背中で呟いた。フウガにしてみれば、アリアの方がぐったりして見える。一度は無視しようと思ったが、ぐいぐいと服を引っ張るので、仕方なく女性に声を掛けたのだ。
「俺なら言われてもやらない」
「あなたね…」
「いやー、快適快適」
フウガの背中で、アリアは軽やかに笑ってみせるが、だらりと肩に掛かるその腕には、痛々しい傷が見える。背中から伝わる体温も熱く、もしかしたら熱を出しているのかもしれない。
「…それは何よりです」
フウガはそう返したが、アリアからの反応はそこで途絶えてしまった。眠ってしまったのだろうか、それとも、強がりも底を尽き、口を動かすのも辛い状態なのだろうか。
あの怠け者が、一体どういう心境の変化だろう。
アリアの力が必要だからといって、傷を負って、体の限界がくるまで働くなんて。更には人間に気遣いまでみせている。
フウガは視界の隅に入る、夜風に揺れるふわふわとした薄紫の髪をちらと見つめ、アリアを気遣いながら、そっと歩く足を早めた。
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