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フウガが車でやって来たのは、都心から少し離れた場所にある、とある町。駅前の賑わいから一本裏の通りに雑居ビルの並びがあり、フウガはその中にあるビルの屋上に車を停めた。
四階建てのそのビルは、見た目は何の変哲もない普通のビルだ。壁の塗料があちこち剥がれ落ちているが、どこにでもありそうな年季の入ったビルといった印象だ。だが、実はこのビル全体が、下界にある世界管理局の支部である。
フウガは黒い革の鞄を手に車を降りると、屋上の錆びたドアからビルの中へ入って行く。ビルの内部も、よくある古びたビルの内装と変わらない。エレベーターはあるが、それは天界へと直接繋がっているので、目的のフロアまでに移動するには階段を使うしかない。そもそも下界の支部にはほとんど天使しか出入りしないので、足を使わずとも、その翼で飛んで移動しているのかもしれない。
フウガは三階に出ると、廊下を行き、とある部屋のドアを開けた。
部屋の中はがらんとしていた。中にはデスクが並び、その上には、書類や食べかけのパンやらカップラーメン等が乱雑に置かれ、慌ただしく出て行った様子が伺える。
部屋の奥にはもう一つドアがあり、そこには、“悪魔対策課・天使長”と書かれた札が下がっている。ドアをノックすると、「どうぞ」と、穏やかな女性の声が返ってきた。
「失礼します」
「お疲れ様、フウガ君」
部屋の壁には、幾つもの町の様子を映した映像が浮かび、デスクの前でそれを見ていた人物が、くるりと椅子を動かして振り返った。
大きな翼を生やし、金の輪を頭の上に浮かせている。金髪が美しく、凛々しい眼差しの女性は、穏やかな表情でフウガを労った。
彼女はこの支部の長、天使のヤエサカだ。
死神と違い、天使の仕事は多岐に渡る。
死期リストを受け、辿るルートの制作や魂の迎えは死神が行うが、世界の人口を見てリストに載せるに必要な人数や、適する人物のピックアップ、それを神様に提出し、神様からの承諾を得て死神に死期リストを送る事。天界で暮らす神様のお世話やサポート、転生に向けての魂の管理、天界の者や転生前の魂が暮らす街の管理、下界で起こる様々な事柄の記録等々、勿論、それぞれ分担をしての仕事だが、死神に比べて天使の与えられた役割は山のようにあった。
その中でも最近特に忙しいのが、下界にある悪魔対策課である。
今となっては、人間を襲う悪魔への対処をする事が主な仕事となっているが、本来下界の支部は、下界で暮らす神様の意見や要望を天界へ伝える伝言役であったり、下界で天界にまつわるトラブルが起きていないか、起きたら対処するといった、主に下界の監視が仕事だった。
そこに悪魔が生まれ、悪魔は好き勝手に人を襲うようになってしまった。その為、天使の仕事はまた一つ追加された。
このまま悪魔の好きにさせていれば、世界の人口バランスが崩れてしまう。
悪魔の好物は人の心だ。悪魔は黒い力を人間に注ぎ込み、その黒は人の心に根を生やす。その根づいた黒は悪魔と繋がっており、その繋がりを持って、悪魔は人の心を食らう。それは、人の命を吸い上げる事でもあった。心がなくては、人は生きていけない。心を奪われた人間は、そのまま命を落とすか、時に行動の制御が利かなくなり、自分の意識と関係なく自死を選ぶという。
どちらにせよ、天界にとっては予期せぬ事態だ。
なので、悪魔に対抗すべく部署が作られた。天使達は人間の知らない所で、悪魔から人間を守る為に戦っている。
とはいっても、フウガにとってはそれもただの仕事で、しかもフウガは死神、悪魔をどうこうするのは元々彼の仕事ではない。死神が悪魔に関わる時は、天使側から要請が出た時に下界に降りて、悪魔の手を断ち切るのみ。正直、人間個人がどうなろうがフウガにはどうでも良かった、それよりも崩れた世界のバランスを戻す方が大変だ、ならばそうなる前に守るだけ、ただそれだけの事。
では何故、管轄外のフウガと、怠け者であるアリアが悪魔対策課に呼ばれたか。
この数ヶ月で、死者が異様に出ている町がある。それが、フウガ達が先程までいた鞍木地町だ。
あの町では、天使の抵抗虚しく悪魔が好き放題に暴れていた。それというのも、町を見守っている筈の神社から、突然、神様が姿を消してしまったからだ。
神様が神社にいるだけで、悪魔は勝手な行動が出来ないという。神様は、悪魔本体を消滅させる事が出来るからだ。なので、悪魔は神様の力が及ぶ範囲には容易に立ち入れない。
天使や死神、神使は悪魔の力に対抗出来ても、消滅はさせられない。あの町には神様がいたから、支部にいる天使だけでも悪魔に対応出来ていた、だが、神様がいなくなれば、その均衡は崩れてしまう。
今は天使の他、神使が必死に抵抗しているが、それもいつまでもは続かないだろう。そもそも神使だって、神様が居なければ力は失われていく一方だ。
その為、フウガ達が召集された。悪魔に対抗しながら、消えた神様の行方を探す為だ。
アリアには、どういう訳か、一部であれ神様と同等の力が宿っている。だが、怠け者のアリアだけでは心許ない、その為、優秀な仕事人のフウガがアリアの相棒として選ばれたという。
そう、フウガはヤエサカから聞いていた。
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