骨の髄まで愛して(2017/2/12)

1/1
前へ
/12ページ
次へ

骨の髄まで愛して(2017/2/12)

 彼の恋人は玉葱のソースが大層お気に入りで、「たまには僕が作ろう」なんて言った日には、決まってハンバーグを所望した。  手ごねで作るから、あなたの体温と脂が染み込んでいるのよ。冗談を言う声に振り向くと、女が頬杖を突いてこちらを眺めている。顔は穏やかに微笑んでいた。悪戯っぽさを感じないせいで、何だか真面目な話でもしたかと錯覚してしまう。男は妙に照れ臭くなって、すぐにキッチンへと向き直った。  両手のひらの間を行き来して、種の中から空気が抜ける。熱したフライパンにそれを滑らすと、じゅうと音を立てて熱気が上がった。コンロの火に当てられたせいか顔が熱くなる。男はキッチンを見つめる。盛り付け用の白い皿。付け合わせのサラダ。琥珀色をした玉葱のソース。液体も具材も、刻んだり漬けたり炒めたり煮込んだりした沢山の玉葱と、いくらかの思い入れでできている。 「外科医ってやっぱり器用ね。あなた程ハンバーグ作りが似合う人なんて、他にいるのかしら」  流石に患者を焼いたりはしないと答えると、女は惚れ惚れした声を挙げて「素敵」と言った。  大学時代に出会った彼女は、男が骨髄の研究をしていたことを知っている。  玉葱って造血幹細胞みたい。食卓につくなりお見通しの様子でそう言った女を前に、彼はようやく降参して、大人しく頬の下で赤く血を巡らせるのだった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加