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「告げると白くなる」
ここは山あいの小さな村。
集落からは遠く離れた山道を懸命に駆け上がる一人の青年の姿があった。
名前はゼン。
ゼンが目指しているのは山頂のすぐ下にある険しい崖だった。
その崖は垂直に切り立った岩壁で、一輪の小さな赤い花が咲いていた。
ゼンはようやく辿り着いた崖の上から恐る恐る顔を覗かせ、その花を見た。
「この崖を降りるしかないのか……」
その呟きには絶望の響きがあった。
「まるで死を覚悟した者のうめき声だな」
ゼンは自嘲し、近くの松の木を見た。
その幹に縄をグルグルと巻く。
そして、縄の反対の端を自分の体にしっかりと巻きつけた。
今からこの崖を命綱一本で降りようというのだ。
「とても正気の沙汰とは思えない」
自分のことながらゼンはそう思った。
ゼンの目的は断崖絶壁に咲くあの赤い花を手に入れること。
そのために今から命を懸けて垂直の崖を降りるのだ。
彼の行動には理由があった。
「ゼンよ、ウチの仔牛を十頭も売り飛ばして大金を稼いだのはお前だな?」
そんな身に覚えのない罪を着せられたからだ。
しかも、その相手は日頃から世話になっている牛飼いのボスだった。
「そんなことはしていません」
ゼンはきっぱりと否定した。
ボスの仔牛を売り飛ばすなんて!
そんな大胆なことをする者など、この村にはいないと思った。
ここではボスに逆らって生きていくことなど出来ないからだ。
しかし、「信用できる筋の情報だ」とボスは追及の手を緩めない。
とうとうゼンはすべての村人を敵に回し、孤立した立場に追いやられた。
小さな野良仕事を頼まれることさえパタッとなくなった。
日銭を稼げないと当然、食っていけない。
そんな折、ゼンの窮状を見かねて幼なじみの親友アークが救いの手を差しのべてくれたのだ。
「険しい岩壁の途中に、お前の無実を証明できる花がある」と。
聞けば、その花は可憐な赤い色をしているが、濡れ衣を着せられた者が真実を口にすると花びらの色を「白く変える」という。
疑いを晴らそうと、ゼンはその赤い花の前で身の潔白を訴えるつもりだった。
ゼンは慎重に縄を緩めながら崖を降りた。
ギリリと縄が悲鳴を上げる。
「どうか耐えてくれ」
命を繋ぐ縄が切れないようにと祈りながら、さらに崖を降りるゼン。
不思議な言い伝えがある赤い花まで、あと少しだ。
強い風に吹かれながらゼンがその花に手を伸ばすと、指先が花びらに触れる。
あと、もう少し……!
ここからは慎重に事を進めないと。
ゼンは「この花を決して引きちぎってはいけない」と自戒した。
そっと根を切らないように岩壁から引き抜かないと、花を生かした状態で持ち帰ることは出来ない。
花が死んでしまえば、ゼンがいくら真実を口にしたところで赤い花びらが白く変わることはないだろう。
しかし、命綱一本で崖の上からぶら下がっているゼンにはあまりに繊細な作業だった。
思いのほか風に煽られ、体が左右に振られる。
しかも、作業を急がないといつ縄が切れるか分からない状態だ。
まさに決死の土壇場。
そんな中、ゼンは冷静に思考することに努めた。
「もし、この花の言い伝えが真っ赤な嘘だったなら?」
ゼンの心に一抹の不安がよぎる。
「俺が今、こんなに困難な作業に命を懸けようとしているのは何故か?
それはもちろん身の潔白を証明するためだ。
そのために命を落とすかもしれない危険な状況に立ち向かっている。
では、濡れ衣を着せられた俺がこの崖で死んで喜ぶのは誰だ?
それは、ボスの仔牛を売り飛ばした真犯人に違いない!
ならば、その真犯人は誰だ?」
まっ先にゼンの頭に浮かんだのは、アークの顔だった。
「まさかアイツが俺に罪を着せたのか?」
ゼンはがく然とした。
「絶壁に咲く花を取りに行かせ、俺を殺そうと策を練ったのか!」
ゼンの転落死。
もしそれがアークの狙いなら、この赤い花の正体は?
きっと、どこにでも咲いているただの赤い花に違いない。
ゼンは全身の力が抜けるのを感じた。
「もし、この崖の上に今、アークがいるとしたら……?」
ゼンは命を繋いでいる縄を見上げた。
「そして、その手に光るナイフが握られているとしたら……?」
命綱を切られたゼンの結末は、問わなくても自明だった。
幸い崖の上に人がいる気配は無かった。
だが、アークへの猜疑心は募る一方だ。
ゼンは凍りつきそうな心を、目の前の可憐な赤い花が癒してくれるのを感じた。
人間はこんな状況でも、一輪の花に和やかな気持ちにさせられるものなのか?
ゼンは不思議な心の動きに戸惑った。
だが、その一方で別の感情に襲われる。
「このちっぽけな花が絶壁に咲いてさえいなければ!」
小さな花のくせに、よく目立つ赤い色。
だからこそアークの目に留まり、ヤツはありもしない伝説をでっち上げたのだろう。
そして、まんまと策略にはめられたゼンは今、命綱一本で崖からぶら下がっている。
罪人の汚名を着せられた上に、無謀な崖下りに挑んで一生を終えることになるなんて。
この場所に、この赤い花が咲いてさえいなければ……。
そう考えると目の前の赤い花への憎しみが大きな波のように心に押し寄せてきた。
しかし、この花を愛そうが憎もうが、最早どうでもいいことだ。
いずれにせよ、この小さな花はゼンの無実を証明してはくれない。
ただの赤いだけの花なのだから。
もし、この花を持ち帰ることができたとしても、疑いを晴らせなければゼンは村を追われることになる。
そして、放浪の果てにどこかの町で行き倒れ、命を落とすことになるのだろう。
それなら今、この崖から転落死することと何ら変わりがない。
人生の結末に大差はないのだ。
絶望的な気分になりながらも、ゼンは命綱をグッと握り直した。
どうせいつかは死ぬ運命だ。
だが、濡れ衣を着せられたままこの世を去りたくない。
ゼンは赤い花に想いをぶちまけた。
「俺はやってない! 俺は無実だ、信じてくれ!」
ゼンは無力感に襲われながらも大声でそう告げた。
すると、目を疑うような奇跡が起きた。
小さな花びらの赤い色がその先端からすうっと後退し、白い花びらに変わっていくのだ。
「何だ、これは……?」
花の色はみるみる真っ白になってしまった。
今や「元は赤い花だった」と言ったとしても、誰一人信じてはくれないだろう。
ゼンの胸の内にさっきまでとは真逆の感情が湧き上がってきた。
真犯人だと疑ったアークに心の底から謝りたいと思った。
「すまない! 俺は最も信頼できる親友を疑ってしまった」
その罰として、今プツリと命綱が切れたとしても神様を恨むことはできない。
そう思うほどゼンは後悔した。
目の前の花は正真正銘の奇跡の花だったのだ!
「これで無実を証明できる」
ゼンは興奮を抑え、作業に集中した。
運良くさっきまでの風がぴたりとやんだ。
そして、その奇跡の花をゆっくりと丁寧に根を切ることなく岩壁から引き抜くことができたのだ。
命綱をたぐり、岩壁をよじ登る。
縄を握る手はすでに皮が剥け、血みどろだ。
死を覚悟して崖の上から降りた時よりも、登りの苦しみはさらにそれ以上の地獄の拷問のようだと思った。
「いっそやっていない罪をかぶったまま……」
心が激しく揺れる。
どんなにひどい扱いを受けても罪を否定し続けてきたゼンの強い心。
決してブレることがなかったゼンの心の芯が今、大きく揺さぶられていた。
「楽になりたい」と嘆く弱い気持ちに負けそうだ。
それほどの痛みだった。
このまま縄が切れて死んでも、誰も恨まない。
崖を降りることを決めたのは自分自身なのだから。
「やるだけのことはやった、もう限界だ」
そんな想いがゼンの体から命を剥がし去ろうとする……。
「人間はいつも楽な方へと流されるものだ」
ゼンはふと、そんな言葉を思い出した。
牛飼いのボスがよく口にしていた言葉だった。
「楽な方へ」向かおうとしていたゼンは、唇を歪めた。
こんなに苦しい思いをしてまで、この世は生きる価値があるのだろうか?
泣きたいのに、涙が出ない。
「いや、今は泣いている場合じゃないだろ?」
ゼンは弱い心に爪を立てた。
「自分は無実である」と何としてでもボスに認めてもらいたい。
ゼンは最後の力を振り絞った。
ジリジリと腕の力で命綱を引き寄せ、少ない足場に爪先を引っ掛け絶壁をよじ登る。
血に濡れた縄がヌルヌルと滑る。
「負けてたまるか!」と自分を鼓舞する言葉と同時に、「縄が切れてしまえばいいのに」という弱音が激しく意識の中で行き交う。
それでも何とか這い上がろうと、じっと崖の上を睨みつける。
目の奥が痺れてきて、気を失いそうだ。
「諦めてもいい。十分だ。精一杯やった」
脳内で何度も崖の下へ転落していく自分の姿をイメージする。
いつ死んでもいいようにと、ゼンは心の準備を整えた。
※ ※ ※
しかし、ゼンは生還した。
両方の手のひらの皮膚は無惨に削ぎ落とされている。
崖の上でゼンはむせび泣いた。
上着のポケットには命懸けで手に入れた花が大事に入っていた。
立ち上がると、膝の震えが止まらない。
それでもゼンは急いで山を下りた。
「花が枯れないうちに!」
岩壁から引き抜いた花の根をすぐに水に浸す必要があった。
ゼンは死に物狂いで走った。
元は農機具倉庫だった小屋を譲り受けた殺風景な家に帰ると、ようやくゼンは生きた心地を取り戻した。
花は無事だった。
ゼンは一刻も早く村人たちの前で無実を証明したいと思った。
夜、疲労困ぱいで早めにベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
日が昇ると、キラキラとした陽光が窓ガラス越しに差し込む。
ゼンは目を覚ました。
生きていることを改めて実感して、ゼンは静かな喜びに浸った。
気がつくとシーツのあちこちに血がこびり付いている。
焼けるような手のひらの痛みが、昨日の自分との闘いの壮絶さを物語る。
しかし、薬の持ち合わせはなかった。
全身を走る筋肉痛に顔をしかめる。
と、ドアがノックされた。
「誰?」
この家を訪れる客はアークと、そしてあと一人。
ギーッとドアが軋む音がして、顔を出したのはワイナオだった。
ゼンは「今は話す時間がない」と言った。
とにかく、今日だけは追い返したかった。
なぜなら、ワイナオは牛飼いのボスの一人娘だったからだ。
この冤罪の騒動に巻き込みたくはない。
ゼンは自らの潔白を証明できるまでは、ワイナオと顔を合わしたくなかったのだ。
アークと同じく、ワイナオはゼンにとってかけがえのない友達だった。
同い年の幼なじみ。
だが、その身分には歴然とした差があった。
小作人だった父と母を早くに亡くしたゼンは幼くして天涯孤独になった。
アークも似たような境遇だったが、生まれもっての人の懐に入り込む天賦の才能があった。
アークは牛飼いのボスにも気に入られ、すぐに重用されるようになった。
一方のゼンは人づきあいが不得手だったが、ワイナオの紹介でボスから仕事を少しずつもらえるようになっていった。
アークはワイナオと結婚したいと考えていた。
しかし、彼女の意中の相手はゼンだと気づいていた。
そのことは、いくら恋に鈍いゼンでも気づいていたことだった。
「どうしたの? その手!」
ワイナオを両手に大怪我を負ったゼンを心配して、一旦家に戻り薬を持って来てくれた。
「この花は?」
ゼンの家に花が飾られていることなど今までなかったことだ。
「俺の無実を証明してくれる花だ」
ゼンはアークから聞いた奇跡の花の言い伝えを話して聞かせた。
ワイナオは喜び、早速目の前で花の色を「赤から白に変えてみせて」とねだった。
しかし、花の色は昨日から白いままだ。
どうすれば花の色を赤く戻すことができるのか?
ゼンは急に不安になった。
もし、花が赤い色に戻らなければその色を「白く変える」ことでゼンは無実を証明できない。
「例えば、この花にあえて嘘を言ってみたら?」
ワイナオはそんな提案をしてきた。
「俺が仔牛を売り飛ばした」
ゼンがそう告白すれば、奇跡の花は赤い色を取り戻すかもしれない。
「真実を告げると花が白くなると言うのなら、嘘を告げれば逆に赤い色になるはずだ」
ワイナオはそう思ったのだ。
だが、真面目なゼンにはその勇気がなかった。
神の魂が宿っているようなこの花の前で嘘を告げたなら?
それは神を試すような行いではないか?
きっと神の怒りを買い、ゼンは本物の罪人になってしまう気がした。
万が一にでも疑いが残るのなら、行動を起こすのは慎みたい。
正直にその可能性をワイナオに話すと、彼女は意外な提案をしてきた。
「だったら、この花は青いって言ってみたら?」
なるほど、とゼンは思った。
それならゼンがかぶせられた罪とは関係のない話だ。
「やあ。キミの花びらは美しい青い色だね」
ゼンは精一杯の親しみと誠意を込めた声で、小さな白い花に話しかけた。
すると、ワイナオが「キャッ!」と短い悲鳴をあげた。
花の色が白から美しい淡い青色に変わったのだ。
信じられないことが再び目の前で起き、ゼンは絶句した。
ただ、花はさらにゼンを困らせる状態になってしまった。
奇跡の花の色が青になった場合、ゼンはどうやって己の無実を証明すればいいのか?
とにかく、まずアークを呼ぼうと思った。
赤から白に変わるとは聞いたが、青になるとは聞いていない。
せっかく命懸けで引き抜いてきた奇跡の花の色が青くなってしまっては、元も子もないのだ。
本来の目的がまだ達成されていないまま、花が枯れてしまったら?
ゼンは急いでワイナオにアークの居場所を尋ねた。
だが、ワイナオの返答にゼンは耳を疑った。
アークは船を出して南の島へバカンスに出かけたらしい。
ワイナオはその旅行に誘われたが断ったと話した。
「バカンス?」
ゼンにはアークの行動が理解し難かった。
アークはゼンに奇跡の花の言い伝えを教え、その結果を見届けないうちに旅に出てしまったと言うのか?
幼なじみの親友が無実の罪を着せられている最中に。
しかも、ワイナオを誘うだなんて。
ゼンの心の中でアークを疑う気持ちが再び大きく膨らんだ。
「逃げたんじゃないか?」
そんな疑念が頭をもたげた。
ゼンがそんなモヤモヤした気持ちのやり場に困っている間に、ワイナオはあることに気づいた。
「ねえ、ゼン。もしかするとこの花って、アナタが言った通りに変化するんじゃないの?」
ゼンは驚いた。
そんなことができるのは神様しかいない。
ゼンはそう思った。
「そんなはずはないだろ。じゃ、この花を次は黄色に変えようじゃないか」
ゼンはあえて花に聞こえるような大きな声で、「黄色」という言葉を口にした。
すると、みるみる小さな花は青から薄い緑色を経て鮮やかな黄色へと変色した。
「信じられない!」
興奮するワイナオをよそに、ゼンは戸惑いを通り越して混乱していた。
「これじゃ、俺の潔白を証明できないじゃないか!」
奇跡の花がゼンの無実を証明してくれるはずだったのに。
これでは何でも言いなりの従順なしもべのようだ。
何の信用も無い「ただの花」以下だ。
一体何のために命を張って崖を降りたのだろう?
ゼンは呆然と小さな黄色い花を見つめた。
「ねえ、この花に私たちの結婚を許して、ってお願いしてみてよ」
突然、突拍子のないことを言い出したワイナオにゼンは困り果てた。
「こんな時にプロポーズなんて……」
だが、こうなったらワイナオの提案に乗ってみるのも一手だ。
直感に素直に従ったワイナオの言葉には、神がかった力が感じられた。
ただ、これは二人の未来を賭けた大きな分岐点になる予感がした。
軽い気持ちでは口に出せない言葉だと、ゼンは覚悟を決めた。
ワイナオと目を合わせ、お互いに頷き合う。
ゼンは花の前に立った。
そして、大きな声で小さな花にお願いをした。
「俺とワイナオの結婚を許してくれ!」
※ ※ ※
それからゼンはワイナオと結婚し、幸せな生活を続けている。
牛飼いのボスも大喜びで二人の結婚を祝福してくれた。
村人たちも仔牛の一件には触れず、二人の新しい門出を祝ってくれた。
そんな周囲の手のひら返しぶりにゼンは戸惑うばかりだった。
ゼンとワイナオは新しい家に引っ越した。
その庭には一面にあの小さな花が咲き乱れている。
岩壁から引き抜いた、たった一輪の花が大地に根を下ろしたのだ。
そしてその根はどんどんと広がり、たくさんの花を咲かせた。
「新しい家の庭一面に、キミの美しい花を咲かせてくれないか?」
それは、ゼンが最初の一輪の花にお願いしたことだった。
ワイナオのリクエストに従って、花は白一色で咲き誇った。
その中でポツンと最初の花だけは黄色いままだった。
ゼンは改めてワイナオにプロポーズをしようと決めた。
小さな黄色い花の前で、ゼンはひざまずきワイナオに告白した。
「一生をかけて幸せにするから、俺と結婚してくれ」
プロポーズの言葉は正直で生真面目なゼンという人間を映し出す鏡のようだった。
嘘偽りのないゼンの愛の告白。
その想いはワイナオだけでなく、静かに耳を澄ませていた奇跡の花にも届いた。
黄色い花びらが、まぶしく輝く純白にゆっくりとその色を変えていく。
小さな花の変化を見守り、ワイナオは微笑んでゼンを見た。
「よろしくお願いします」
ワイナオが大きな笑顔でゼンの胸に飛び込む。
爽やかな風が庭を吹き抜けた。
※ ※ ※
ゼンとワイナオの生活は順調そのものだった
ケガを負った手をかばいながら、ゼンは出来る仕事は何でも引き受けた。
コツコツと働くゼンの姿に村人たちは目を細めて感心するばかり。
そんな二人の新生活を応援してくれていた庭の花たちに、土に還る時が近づいていた。
花の命は短い。
「枯れないでほしい」と願えば、花たちに永遠に咲く命を吹き込むことが出来たかもしれない。
しかし、いつまでも奇跡にばかり頼ってはいられない。
「これからは二人で力を合わせて未来を切り拓いていこう」
そう誓い合ったゼンとワイナオは、奇跡の花との別れを決めた。
また出会えるかどうかは分からない。
幾度季節が巡ったとしても、再会の日は訪れないかもしれない。
それでも、再び会える日を楽しみに……。
とうとう奇跡の花が枯れてしまうという最後の日、ゼンはあるお願いをした。
それは「ボスの仔牛を売り飛ばした真犯人が自らの罪を悔い、告白する気持ちになりますように」という願いだった。
案の定、南の島での長いバカンスから突然村に帰って来たアークが罪を告白した。
ボスの前でひざまずき、「仔牛を売り飛ばしたのは自分だ」と懺悔の告白をしたのだ。
その後、アークの消息を知る者はいない。
「どこかで野垂れ死んだのではないか?」と噂する村人たち。
しかし、ゼンはそう思ってはいなかった。
実はゼンが奇跡の花に頼んだお願いには続きがあった。
「罪を犯した者が改心しやり直す機会を求めたなら、必ず幸せになる」と。
ゼンはアークがどこかの町で幸せに過ごしていると信じていた。
友情は永遠だ、と。
(了)
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