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ーー君はいつも一人で行く。
九百年も昔の話、世界には龍と恐れられる化け物が住んでいた。龍は幾つもの町や国を焼き、世界を炎に包み込んできた恐怖の象徴。
長年、人々が苦しみ続けてきた龍を、ある日、たった一人の少年が剣一つで倒した。
彼は後にこう呼ばれるようになった。
ーー龍殺しの英雄ジークフリード
※※※
周辺を山や森、川で囲まれた辺境の町、人口三百人ほどで静かに暮らしていた。
主な仕事としては木こりや狩猟、釣りなどである。時折王国や遠くの街まで名産物を売りに行くこともある。
そんな町に、一人の少年が暮らしていた。
「ジーク、こっちの仕事を手伝ってくれ」
「分かったよ」
元気はつらつな声を上げ、まだ十歳ほどの少年は走っていた。
ーーこれは、英雄に憧れた少年の物語
父の木こり作業を手伝うと、昼食を食べることに。
ジークの母は既に亡くなっており、父が一人で少年を支えていた。時折母のことを恋しく思うこともあるが、父のことを愛しているからこそ、寂しさはいつしか紛れていた。
でもーー
「ジーク、今日は山に四角雌牛でも狩りに行こう」
「えー、戦うのは恐いよ」
「ジークフリードみたいな英雄になりたかったんじゃないのか?」
「なりたいけど……」
ジークは狩りにいくことに決まってしまった。
父から、一族に代々伝わる剣を受け取り、弓と数本の矢を携えて山へ出掛ける。
だが、そこで災厄は訪れる。
終焉への序章が、幕を開けたのだ。
突如、青かった空が真っ黒に染まる
森一面は一瞬完全な静寂に包まれた、と直後、山々や森に気絶するほどの恐怖がかまいたちのごとく襲ってきたのだ。
森にいる少年と父は何とか耐えたが、村の住民のほとんどが恐怖で気絶していた。
父は黒く染まった空を見上げ、何かを感じ取っていた。
それはまるでーー
「父上、あれは一体……」
「離れろ。あれは……あれは、九百年前から伝わる龍の伝説、その始まりの厄災だ」
「それって……」
「また始まる……。龍によって世界が滅ぼされる日が……」
案の定、伝説の通りに物語は進んでいた。
黒く染まった空には巨大な亀裂が走り、六角形の形に割れた。そこから無数の六角形の亀裂が空一面に走り、亀裂からは無数の龍が姿を現していた。
「今……世界が終わる……」
脅える父と少年の前に、一匹の龍が現れる。
白く、真っ直ぐな目をした龍、既にどこかで交戦したのか、背中には槍が刺さっていた。
「致命傷だ。このまま首を撥ね飛ばせば」
父は剣を構え、龍へ襲いかかる。だが龍の身体は微塵のケガもなく、何事もなかったかのようにたたずんでいた。
だが龍の息は荒く、もう命も長くはないのだろうか。
それでもその龍は少年をじっと見ている。
ーーお前がいれば良い。これはお前の物語だ。
少年の脳に、謎の声が響く。
気持ち悪い感覚に襲われ、少年は膝をつく。
その隙に、龍は少年を足で掴み、父の攻撃を振り切って空へと飛ぶ。
「ち、父上ぇぇぇ」
龍は少年を抱えたまま亀裂の中へと飛び込んだ。
「ここで終わるのか。僕の物語は……」
少年は虚空の中で絶望していた。
「ーーいや、これはお前の物語。これからお前が始める物語だ。だから希望を持て。どんな世界にも、お前を待ってくれる人がいるから」
少年は虚空の中で声を聞いた。
それは先ほども頭の中で響いた声。
「さあ、行ってこいーー」
ーー英雄
※※※
その星では魔法も、転移も、龍も、それらの現象は信じられてはいない。
だが、確かに存在する。
そして今ーー
魔宵途駅から徒歩二十分の山道を越えた先に、彼女が通う高校がある。
人口はわずか千人規模の田舎であり、森や山など、未開拓地が多く点在している。
その町で、ガキ大将はがさつな笑い方で、川を跨ぐ橋の柵上をバランスを取りながら歩いていた。
「楓、落ちたら危ないよ」
彼女の隣にいた男の子ーーノトは、心配そうにしていた。だが多少信頼しているからか、無理に止めはしなかった。
「ぎゃっはっは。気にすんなってそんなこと」
自信満々に言い放ち、五十メートルある橋を渡り終えるーー寸前のこと。
茶色く汚れた一頭の馬が橋を勢いよく渡ってくる。ノトはさっと避けたが、馬は楓目掛けて突進する。
「あっ!」
「あっ!」
十メートル下の川からバシャーンという音が聞こえた。川は浅くもなく深くもなく、流れも速くはない。
「あの楓が死ぬわけないか」
「私がどうかしたか?」
「か、楓!?」
背後からした楓の声に驚き、お手本のように振り返る。
では川に落ちたのは一体……
急いで川岸に降りると、一匹の馬がびしょびしょになりながら川から上がっている現場に遭遇した。
「さっきの馬でしょうか?」
ノトは疑っていた。
川から上がってきた馬は白く美しい容姿をしている。それだけではなく、背中には謎の少年を乗せている。
「なんかあれだな。ファンタジー過ぎるな」
「何で楓は平然としてるの?」
「逆にノトは何に驚いてるん?こんな光景生きてれば二度三度遭遇するでしょ」
「しないよ。そんな人生あってたまるか」
「これだから一途な少年は。浮気するくらいがちょうど良いんだよ。私みたいにどんな状況にも対応できる反射神経がこれからの時代には求められるんよ」
「何ですか……、滅茶苦茶苦労人みたいなこと言いますね……」
ノトは一変する状況に頭が疲れきっていた。
だが楓はというと……
「何で馬に乗ってるんですか!?」
「こんな経験滅多にないしな」
楓は馬の背中に乗り、少年を自分の膝の上に乗せた。正面目掛けて指を差し、「進め」の合図とともに馬はヒヒーンと鳴いて走り出した。
「ちょ、学校は?」
「早退で」
「登校してないのに早退は前代未聞ですよ……」
楓のマイペースに置いていかれ、ノトは一人に。
ノトのことを気にせず、楓は馬を自由に走らせて風の気持ち良さを味わっていた。
「やっほーい。これが馬上の快感か。このまま太陽まで飛んで妬かれたい気分だな」
楓が騒いでいると、少年は馬上で目を覚ました。
顔を上げると、六歳ほど歳上の制服姿の女性が気持ち良さそうに馬を乗りこなしている。
少年の第一声はというと……
「ああ、夢か」
二度寝に突入、というところで楓が少年の頬を引っ張る。
「何二度寝しとんねん」
「え、ええ……!?」
「もう朝八時やで。若い内は外出て遊ばんかい」
「何このたくましいようで鬱陶しい人は……、って、ここどこですか」
周囲を見渡し、ようやく少年は気付いた。
今走っている森は空き缶が捨ててあったり、平気でゴミが捨ててある汚れた森。
徐々に目を覚ます前のことを思い出していた。
父のこと、村のこと、龍のこと、色んなことを思い出していき、現状に困惑していた。
「あのー、龍は?」
「りゅー?龍?ああ、龍ね。そんなもんこの世界にいるはずないやろ」
「いない……ってことは龍殺しの英雄ジークフリードの再来が密かに行われていたってことなのか?」
「ってかガキ、お前、家出でもしたのか?」
「ううん。そんなことしないよ。お父さんのことは大好きだから」
「そっか……」
楓はしばらく沈黙し、少年の顔を凝視していた。
「名前は?」
「ジーク」
「へえ、変な名前してんな。ここら辺では聞かん名前だけど、遠くから来た感じか?」
少年は質問の意味が分からなかったのか、首をかしげたまま黙っていた。
「まあいい。家の場所はどこだ」
「森を抜ければ町があるでしょ。そこまで行けばもう分かると……」
森を抜け、町が見えた。
だがそこで見えた景色はジークが知るものとはまったく別の世界だった。
いつもなら川から水を汲んでくる人たちや木を加工する人で道は賑わっているのに、ここは買い物をする人や商売をする人が行き交っている。
「ねえ……ここ、どこ?」
「私たちの町さ。うるせえだろ」
「ねえ、森を抜けて他に町はないの?」
「そうだな。他の町には電車で行くしかないな」
「電車?」
聞き慣れない言葉や見慣れない景色、それらにただ困惑し、少年は呆然としていた。
まるで一人だけ知らない世界に投げ出されたような……
「父上……父上……父上……父上……父うーー」
急に体温は上昇し、楓の胸の中で気を失った。
目を覚ますと、布団の中。
自分のいた世界の布団よりも分厚く、温かい布団。
額には氷が入った布タオルを頭に被せられている。
「ガキ、目覚ましたか」
身体が思うように動かない。
全身が熱い。
「あのー、僕は一体……何でこの世界に?」
「親が愛情をもって産んだからだろ」
「そういうのじゃなく……」
「とりあえずお前のおかげで学校休めたわ。ありがとうな」
「ありがとう?」
不意にかけられた感謝の言葉に驚き、少年はどういう返答を返せばいいか戸惑っていた。
楓は少年の動揺を察していた。
「なあガキ、お前はどこから来た。町の名前とか、知っている地名とかないのか?」
「……ジークフリード」
「ん?ああ、確か英雄の名前だったか」
「うん。僕が憧れた英雄の名前、僕はジークフリードの話が大好きなんだ」
「だがお前はジークフリードとは全く違うな。臆病で怖がりでさ」
「父上にも言われてた。英雄としてもう少し戦えって。でも僕は、ジークフリードのようにカッコいい英雄にはなれないから……」
少年は長らく自分の胸に秘めていた苦痛を明かした。
楓は今にも泣きそうな少年の瞳を見ると、優しい口調に変わり、
「まあお前はジークフリードじゃないしな。だから無理にジークフリードの憧憬を追うのはやめた方が良いんじゃないか」
「うん……、そうなのかもね」
「だけどなジーク、お前の人生を私は保証できるわけじゃない。自分の本当の気持ちは、自分が一番大切にしなよ」
ジークは考えたことがなかった。
自分を大切に思おうなど、思ったことがなかったから。
父と村の人も、ただ強く生きろと言うだけで、そんな日常的な言葉は気付かない内に少年を縛りつけてた。
異世界に来て、少年は救われた。
「うん……」
少年は泣いていた。
楓は優しく、少年を抱き締めた。
「お母さんみたい」
その日を境に、少年は楓に懐いていた。
少年は異世界で、楓に心を開いていた。
「ガキ、飯だ飯」「どうだ?うちの母親の味は?」
「うん……、おいしい」
「風呂入るぞ」
「せっけん恐いよ」
「恐がるな。せっけんはお前の身体を綺麗に洗い流してくれる」
「罪も?」
「罪ぐらいは自分で洗い流せ」
「買い物行くぞ」
「わーい。ビスケット、ビスケット、ビスケッ……」
「ビスケットばっか買うなや。って、どんだけ食うつもりやってん」
「今日は遠出でもしよう。家族皆で旅行だ旅行」
「家族?」
「ああ、もう三ヶ月も一緒にいるんだ。血の繋がりがなくともさ、それってもう家族じゃん」
「…………」
「泣くなって。相変わらずお前は泣き虫だな」
一緒に暮らし始めて、もうすぐで一年。
少年はすっかり楓の弟として、家族と馴染んでいた。
「今日は父さんと母さんは仕事で遅くなるから。私が夜ご飯作るな」
「わーい。お姉ちゃんの料理楽しみ」
楓は器用にゴーヤチャンプルを作り、少年が待つリビングまで運ぶ。
少年は大盛りのゴーヤチャンプルを一分もかからず完食した。
「って早っ!?」
少年に大食いの才能があったことに驚く。
だが楓は、少年について他に驚くことがあった。
「一年で大きくなりすぎじゃね」
一年前は十歳らしい容姿だったが、今では中学生と言っても違和感がないほどに成長している。
「お姉ちゃん、早く風呂入ろ」
「う、うん」
楓は少年と風呂に入ることに。
だが風呂に入り、更に違和感に気付く。
まだ毛も生えていなかった少年が、たった一年でとんでもなく大きく成長しているのだ。
「ガキ……とは呼べないな」
楓は少年の異様さに気付き始めていた。
まず一つ、少年の成長の早さは異常である。
たった一年で成長するには異様なほどの成長をしているのだ。
さらに一つ、少年は以前階段から転んだことがあるが、外傷は全くなかった。子供ではあり得ないほど、身体が頑丈だった。
最後に一つ、少年の頭部には突起のようなものが生え始めてきた。最初はこぶかと思ったが、痛みもなく、日に日に大きくなっている。
「もしかしたらこの少年は、この世界とは違う世界からやって来たのかもしれない」
だがその問いも、今では気にならない。
ーー不思議と、その疑問も忘れていた。
六月水無月
梅雨の時期となり、窓から外を見るといつも雨景色が広がっている。
高校三年生
受験生はピリつき、じめじめとした空気に苛立ちやすくなる時期に、転校生がやって来た。
楓のいるクラスに、少年が。
「はじめまして、ジークです」
驚く楓と対照的に、少年は楓を見つけて嬉しそうにしていた。
だが楓以外は知らない生徒。
無意識に目を逸らした。
向き合うことは、恐かった。
「皆、ジーク君と仲良くして上げてね」
どうして臆病なジークが学校へ通おうと思ったのか。
それは前夜の楓とジークの会話に答えがあった。
真夜中の月を見上げる少年のもとへ、楓は音も立てず背後から忍び寄り、驚かせようとしていた。
だが少年には超感覚があった。
「楓も起きてたんだ」
一度も振り返らずに声を掛けられ、楓は驚いた。
「お前はいつも一人でどっか行くな」
「だってこの世界面白いんだもん。だからついつい色んな所を見て回っちゃう」
「ほんまやな。でもいざという時は一人で行かず、この楓様に頼れよ」
「うん」
今日の少年は、少し様子がおかしかった。
「楓お姉ちゃん、僕はね、とある英雄に憧れている。でも、僕は英雄なんかとは程遠いんだ」
「そんなもん知ってるって。お前は臆病でドジで、弱っちい奴だよ」
少年は落ち込んでいた。
それが的外れなことだったらどれだけ良かったか。だが全て事実で、少年は弱いことを分かっていた。
「でもな、強さってのは簡単には手に入んないんだよ。修羅場や死地を経験してこそ、人は強くなる。だから今のお前に必要なのは、そんな場所へ飛び込む"勇気"だな」
「楓お姉ちゃん、頼っても良いかな」
「ああ。何でも言ってみろ」
「僕を、一人前の男にしてください」
その日の夜、少年は強くあろうと決めたんだ。
楓は昨夜のことを思い出し、少年が学校へ来たきっかけを察した。
「ーー成長したな。ジーク」
少年は大きく息を吸い、気合いで顔を上げた。
たくさんの人が自分を見ている。その状況に緊張しながらも、彼は前へ歩もうとしている。
「ジークっていうんだ。よろしくね」
「よろしくジーク君」
「変わった名前だな。よろしくな」
生徒は少年を歓迎した。
少年は嬉しく思い、壁を一つ乗り越えた安堵を感じていた。
少年は学校にすぐに馴染んだ。
最初こそ心の壁はあったけれど、楓の協力もあってか少年はすっかり学園に馴染んでいた。
六月に入ってから十五日。
「ーー今日は、満月だ」
少年は目覚めた。
深夜零時、一人でに外へ。
不穏な気配を、空から感じた。
「……まさか、」
空の一部分がガラスが砕けたように壊れ、そこから一匹の龍が山の中へと落ちていった。
少年の脳裏にはあの日の出来事が思い出された。
「何で、何で、何で、何でまた……」
絶望する少年の目には、何が映っていたのだろうか。
ただその時、少年は絶望していたのだ。
「ねえーー」
目の前の恐怖で気配に気付かなかった。
振り返ると、そこには楓がいた。
「何でお前には、いつも一人で行くんだ?」
「楓お姉ちゃん、起きてたんだ」
「ああ、起きてたよ。それにお前が今見たものも、私は見た。お前が私に初めて会った時に言ったことは全部本当だったんだな」
少年は頷いた。
「ねえ、何で一人で行くの?」
「誰も傷つけたくない。全ての傷は僕が一人で背負わないといけない」
「お前は、そんなに凄い人なの?」
少年はしばらく言葉に詰まった。
だが答えを返すのに昔ほど時間はかからなかった。
「そうだよ。僕は凄いよ」
「私は平凡だ。お前に比べれば、些細な人生しか送っていない。でも、凄くなくても私はお前の側にいたい」
「お姉ちゃんは意地悪だな」
「あの化け物と、お前は戦うのか?」
「う、うん……」
少年ーー僕の目には涙が溢れていた。
自分でも気付かなかった。
僕の涙を見て、お姉ちゃんは苦い顔をしている。
「お姉ちゃんが何を思おうとも、僕は一人で行かなきゃいけない。それが、僕の背負った罪と罰」
「私はそうは思わない。お前は、一人でいることが寂しいと感じている、ごく普通の人間だよ。その罪は、お前が勘違いしているだけじゃないの」
「何も分からないだろ」
初めて、自分の怒りを感じた。
小さいながらも、怒っているのが分かる。
「僕はこの町に来る前、大勢の人を見捨てたんだ。父のことも、僕は見捨てた。いや、殺した」
楓は何も言わなかった。
きっと、僕が背負っていた罪が、予想外なものであったからだろう。
いや、少しだけ違うーー
「僕がこれから向かうのは、その罪を犯してしまったがための必然の罰だ。僕の裁きに、この町を巻き込みたくない。だから、僕は一人で行かないと」
僕は少しずつ歩き始めた。
歩まなくちゃいけない。
「お姉ちゃん、今までありがとう」
本当は怖い。
だからあの時、僕は泣いた。
それでも戦わないといけない。
僕は、英雄ジークフリードになる。
昔から、僕は思っていた。
「一人になりたい」
誰かと関わるのが怖い。
だから本当は、あの学校での生活も……嫌だった、んだ。
生まれた時から母のいない僕にとって、必要なのは父と父が話してくれる英雄ジークフリード。
それ以外はもう、何もいらない……
山頂までたどり着いた。
そこにはやはり、あの龍がいた。
「ドラゴン……」
驚くことに、その龍の背中には槍が刺さっていた。
まるであの時僕を拐った龍そのものだ。
「何で……」
「ジーク……お前が、ジークだな」
龍はそう聞いてきた。
僕は落ちていた木の棒を拾い、構えた。
「何で僕の名前を?」
「お前はこれから英雄になる。英雄の名を知らないはずがないだろ」
「英雄?僕が?」
意味が分からない。
「これから無数の龍が降ってくる。それを阻止する方法は一つだけ残されている」
「君は、一体何なんだ」
「私のことか……。私は、ジークフリード。君が憧れるかつての英雄の成れの果てだ」
「じ、ジークフリード!?」
伝承と全くの別物だ。
英雄ジークフリードは人間として、龍を殺した。だからジークフリードは人間であるーーはずだった。
だが目の前でジークフリードと名乗るのは一匹の龍。それも背中に槍が刺さった。
「信じられないよ」
「信じなくても良い。ただ、今は君にこの世の崩壊を止めてほしいだけなんだ」
「…………」
「私の背中の槍を崩壊する寸前の空に向けて投げれば、龍はこの世界へ干渉できなくなる。君にこの槍を抜いて、終わりを止めてほしい」
嘘か、真実か。
でも今は、龍の証言を信じるしか世界は救えない。
ーーまるで伝承と同じだ。
「僕が、世界の英雄になる」
僕は英雄になりたい。
僕は一人になりたい。
本懐がそうではないことを、僕は知っている。
ーーでも、
「やがて空が壊れる。その前に槍を抜き、世界を救え」
「護るんだ。今の僕は、英雄だ」
龍の背中を槍を抜く。
そうしている間にも、空は徐々に壊れ始めている。
龍が世界を破壊し始めている。
「速く止めないと」
「ジーク、君は英雄になる。でもね、この槍を使った者は龍になる。君にその覚悟はあるか」
一瞬、躊躇した。
それならもう、お姉ちゃんには会えない。
「……良いよ。英雄はいつだって孤独だ」
「世界を救えよ、英雄ジーク」
そこからは覚えていない。
ただ唯一はっきりと覚えているのが、世界を救ったということ。
目を開けると、そこはどこかの山の中。
近くの湖で反射する自分を見てみると、龍になっていた。
「そうか……」
もう、楓お姉ちゃんには会えない。
「ほんと、お前はいつも一人で行くよな」
聞き覚えのある声だった。
ずっと聞きたかった声だった。
「お前はいつも英雄になりたいって言ってたけどさ、本当は英雄が欲しかった。なら、私がお前の英雄になってやるよ」
「…………」
「お前はもう一人にはさせない。私がいつまでも母親として面倒を見てやるよ」
「……ありがとう」
大粒の涙が、力強く、嬉しく流れた。
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