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「こんにちは」  驚かさないようになるべく小さな声で言ったつもりだったが、女は肩を跳ね上げて振り返った。 (なんと、こりゃまた可愛いこと)  杏子は面食らった。 「あ、こんにちは」  女が言った。杏子より明らかに若い。  大学生だろうか。 「急にごめんなさい。でも、大丈夫ですか?」  杏子は覗き込むように言った。 「はい」  女は微笑んだ。大きな目が柔らかな弧を描いた。 (なるほど、こりゃ男を狂わすかもな)  心配はしてみたものの、なんだか損した気分になってきた。こんな可愛い子に同情するなど、金持ちにランチをおごるようなものだ。  しかしまあ、乗りかかった船だ。 「このコテージに遊びに来たんですか?」と杏子は聞いた。 「ええ」 「さっきも通りかかったんですけど、他のお友達は?」 「ああ。先に戻りました」  まあ見れば分かるけどね、と自分で思いつつも杏子は頷いた。  すると女は上目遣いで「あの……」と聞いてきた。 「私? いえ、私はただの旅行者です」 (しまった! 名乗るほどの者じゃございません、みたいに言ってしまった)  杏子は慌てて付け足した。 「あ、私、星川といいます。星川杏子。私もここに泊まりに来てて」 「そうですか」 「あなたは?」 「伊野尾といいます。私たちも旅行で来たんですけど」  それから互いのことについて少し話をした。  女の名前は遥香といい、新卒社会人二年目とのことだった。都内の大学を卒業し、今は流通関係の会社に勤務している。 「杏子さんは、おいくつなんですか?」  遥香があっけらかんと聞いてきた。 「私は、そうねえ、三十をちょっと過ぎたって感じかな」  そう言って杏子は、親指と人差し指の小さな隙間から遥香を見た。  三年が“ちょっと”かどうかはさておき、まあこんな回答でいいだろう。 「ところで」杏子は好奇心の核を突いた。「あの男の人たちは会社の方?」  遥香は首を横に振った。 「あの二人は大学からの友達で」 「学生時代の友達? あら、仲がいいのね」 (これまたしまった! あの場面を見ておいて、仲がいいのね、はないだろう) 「そうなんですけど……」遥香は杏子の失態をとくに気にする様子もなく、何か逡巡しているようだった。 「そう思ってはいたんですけど……」  話によると、彼ら三人は大学一年からの知り合いで、元々は語学クラスが一緒だったことから始まった。在学中は男女数人の仲間で飲みに行ったり旅行に行ったりしていたらしい。卒業後、他の仲間とは疎遠になったが、あの茶色と白の二人は頻繁に遥香と連絡をとり、付き合いが続いていた。  杏子は遥香の顔をあらためて見た。 (そりゃこの子と、卒業しました、はいサヨナラ、はないだろうなあ。若い男女の三角関係か。うーん)
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