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俺は友人を殺した。一週間前、彼女から突然別れを切り出されたと思ったら、あの野郎が手を出してやがった。親友だと思っていたのに。そこで今回の犯行を計画した。奴とは長い付き合いでアウトドア派の二人でよく遊びに行っていた。今回は「スキー旅行に行こう」と声をかけた。こちらの気など知らない奴はまんまと策に乗り、この雪山にやってきた。
見晴らしのいい場所で休憩をとる。人も居らず、風も吹いておらず、静かなものだ。彼女に振られた事から話だして、徐々に確信へと迫ってゆく。どこかで自白してくれれば、とも考えていたが、そうはいかなかった。最後まで知らぬ存ぜぬをつき通した。奴は怒って地面に刺したスキー板へと歩き出した。俺はバッグから金槌を取り出し、奴の後頭部を殴りつけた。倒れこみ、頭を押さえ、振り返り、こちらを睨みつけてくる。その目により腹が立ち、今度は横っ面へ一撃を見舞う。鈍い音と共にふかふかの雪の上へと突っ伏した。ゆっくりと歩み寄ると、今度は恐怖に慄いた顔をしていた。「立てよ」と言うと、奴はゆっくりと起き上がった。グダグダと御託を並べる元気はあるらしい。そのまま崖へと追い詰める。意図を察したらしく逃げようとするが、足元が悪い。もたついた瞬間をとらえ、最後は両手で肩を掴み、つき飛ばした。雪に吸収されてゆく断末魔と落下音が、耳に残っている。
奴のスキー板を崖下へと落とし、足早に下山する。しかし、その道中に天候が大きく変わり、このザマという訳だ。神からの天罰か、とも思ったがどうやら見放し切ってはいないらしく、避難小屋を見つけた。先客が居たが。
「おや」
先客が振り返る。落ち着いた風体のいささか高齢の男性のようだ。
「あ、お邪魔して、いいですか?」
「あぁ貴方も。どうぞ、どうぞ」
目の前の席を勧められる。腰をおろし、荷物を床に置く。間に燃える焚火が暖かい。静まり返った部屋の中でパチパチと揺らいでいる。
「いやはや、災難でしたねぇ」
「え、あ。そうですね。ハハハ」
丁寧な口調で話しかけられる。しかし、目を合わせることができず、すぐにそらしてしまった。気が動転していたのもあるが、なんだか見透かされそうな目をしていたからだ。
「大分参ってらっしゃいますねぇ」
ほらやっぱり。
「雪山は初めてですか?」
「えぇ……実は」
「それでこの吹雪とは、運が悪かったですね」
すこぶる居心地が悪い。それを感じ取ったのか、紳士が立ち上がる。
「何か飲まれますか? 温まりますよ? コーヒーで良いですか?」
「ありがとうございます……」
紳士はマグカップを取り出すと、焚火の傍に置いてあったポットからコーヒーを注ぎ入れた。
「ど、どうも」
と手を伸ばす。一口すする。暖かさが染みわたる、美味しいブラックコーヒーだ。
「で、何年目なんですか?」
「え」
「初めてじゃないですよね。登山」
「な、何を」
「初めてや初心者にしては使い古されてますし、使い慣れている節もありますね」
特につく意味はないウソだったが。言い当てられるとボロが出始めたと感じてしまう。とりつくろわねば。そう思うよりも早く、紳士が口を再度開いた。
「そして貴方──初めてヒトを殺しましたね?」
「な、なぜ……」
心臓が高鳴る。
「お気づきじゃないようですが、袖口に少々血がついておりますよ」
慌てて袖口を見る。しかし跡は見当たらない。その様子をみて紳士が笑った。
「いやぁ、奇遇ですねぇ」
その途端に景色が歪み、手からマグカップが落ちた。
「私もですよ」
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