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4 街に広がる人攫いの噂
ラックとそんなことがあってしばらく経った頃、街では妙な噂が広がっていた。
それは街で人攫いが横行しているという話だった。それも最初は見知らぬ売春婦から始まり、それが次第に娼館の娼婦、それが今ではその辺を歩いている平民の婦女子にまで被害は発展しているという。
それこそ本当に最初は噂に過ぎなかった。何しろ売春婦が消えたという噂ばかりで、被害者がはっきりしない。娼館にも登録していない街角の名もなき売春婦だったから仕方がなかったのだが、売春婦から娼館の娼婦へとターゲットが移ると、噂が真実味を帯び出した。
そして有名な商家の使用人がお使い中に攫われたことで、被害が明確化し、ようやく事件として取り上げられたのだ。
街では騎士団が交代で巡回警邏をしているが、被害は減るどころか増える一方だということで、上層部から苦言を呈されたようだ。レイズンたちも小隊長から『巡回の頻度を増やし警備を徹底するように』という通達があったことが伝えられた。
「……我々も警備部隊の補佐として動くことが決まった。これまで街の巡回は騎兵のみであったが、歩兵として我々も警邏を行う。重々言っておくが我々は補佐だ。もし何か不穏な動きを察知したら、すぐに区域担当の警備兵に報告。いいかお前ら、勝手には動くな。何かあれば必ず上官に報告し指示に従え。いいな」
レイズンたちは馬を持っていない。上位の部隊しか馬の所持を許されていないのだ。レイズンたちにとって騎士団の花形である騎兵は憧れなのだ。
それに歩いての巡回警邏についてもこれまでは他の小隊が担っていて、雑務ばかりのレイズンたちには無縁の仕事だった。しかし今回は人海戦術ということで、下位小隊のレイズンたちも駆り出されることになったのだ。
補佐とは言え、手柄を立てればランクが上がる。これはこれまでにないチャンスと、みな意気込んだ。
しかし残念なことに、そんなやる気も最初だけだった。
これまで警備隊が手がかりすら見つけられなかったものを、レイズンたちが都合よく手がかりをつかめるはずがない。
それこそ最初のうちは張り切ってあちこち見て回っていたが、ただ街をひたすら歩くだけで何の手応えがない。その上街には誘惑も多い。次第にサボる者も現れ、中には街の若い女性をナンパしようとするなど、挙句街の者からは厄介者扱いされる始末だ。
小隊長もこれには呆れ、もう小言を言う気力もないようだった。もう任せられんとばかりにやる気のない者、街から苦情の来た者は全て巡回メンバーから外していくと、結局レイズン・ラックの二人を含めた10名程度しか残らなかった。
(みんなあれほど小隊長の名誉回復のために! って意気込んでいたのにさ)
さすが下位の者が集まった小隊だけある。良いのはノリだけで、冷めればあっという間にやる気を失う。
レイズンは自分たちだけはそうならないよう、同じチームのラックやロイ、ロイのパートナーであるアレンの行動にはしっかりと目を光らせていた。
「なあ、おい、レイズン。これすっげーうまそうじゃねえ?」
そう思っている側からラックが、商店に並べられた腸詰に気を取られ立ち止まる。腸詰など買っても今すぐ食べられるわけがない。
「ラック、また仕事が終わったら買いに来ればいいだろ。今は仕事中だ。あともう少しで今日の仕事も終わりなんだからさ」
レイズンは呆れたように言うと、楽しそうにラックが「だったらもう終わりにしてちょっと飲もうぜ」と酒場を指差す。
これだ。これまで何度もこの流れを繰り返したことか。ロイも呆れてこちらを見ている。好奇心旺盛でちょいちょい寄り道しがちなロイも、さすがに酒場に行こうとは言わない。
そんな時だった。
アレンが酒場の横の路地をジッと見つめ、様子が変だと言い出した。今は夕刻。やや日も傾き、そろそろ街に明かりが灯る頃だ。路地はもう薄暗い。
「どうかしたのか」
ラックがアレンに声をかけた。
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