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「名が一緒なだけあって、なんだかお前を見ていると、レイズンを思い出すな」
ハクラシスは犬の頭を撫でながら、ぼんやりと朝の出来事を思い出していた。
そう、レイズンと喧嘩をする発端となった、レイズンが街で聞いてきた噂話。
『行方不明になった者が犬になって帰ってくる』
たしかそんな話をしていた。
人が犬になって戻ってくるなど、おとぎ話でもあるまいし。まさかそんなことが現実に起こるはずなど……。
そこまで考え、ふと自分が撫でている犬の顔を見た。
薄茶色の柔らかな毛、黒目がちな瞳。愛嬌のある表情。そして甘いものが好き。
本物のレイズンは舌を出したり、こんなずんぐりむっくりな体型などしていないが、全体的な愛くるしさは似ている。
さっきからどことなく似ているなとは思っていたが、まさか……。
「——お前、もしかしてレイズンか?」
「ヒャン!」
それこそ本当にたわむれのように聞いただけだった。
だが、その犬はレイズンと呼ばれた途端、必死で膝を駆け上がると、両肩に短い足を乗せて、ハクラシスの顔をベロベロとはしゃぐように舐め始めた。
「ぶは! こら! やめなさい!」
「ヒャウンヒャウン」
「こら、やめないか! ぶっ! おい! やめろ! つまみ出すぞ! ……ったく」
口も髭も何もかもがベチャベチャになったハクラシスがやっとの思いで引き離すと、犬のレイズンはハクラシスに抱え上げられたまま「ヒャン!」と元気よく鳴いた。
「本当にレイズンなのか? ……これをアーヴァルが見たら、大笑いするだろうに」
アーヴァルなら『犬のほうが愛らしいだろ。帰ってきたんだから、このままこれを飼えばいい』などと言い出しそうである。
「人間に戻す方法を考えなくてはな」
そう言いながらハクラシスは、もう一度レイズンに餌、もとい食事を与えることにした。
今度はちゃんとした食事で、柔らかいパンにジャム、そして生肉ではなくしっかりと火の通った肉。スープは汁が多いと食べにくそうであったから、汁を少なめにしてやると、ガツガツと食べていた。
やはり先ほどは生肉だったから食べなかったらしい。
普通の犬や獣なら生でも気にせず食べるだろうから、やはりこれはレイズンなのかもしれない。
「あークソッ! 朝レイズンの話をちゃんと聞いてやればよかったんだ」
レイズンの朝の話では、もし犬になって帰ってきたらどうすべきか、そのあたりまで言及していたように思う。だが、ハクラシスはその肝心の内容を受け流していたせいで、聞き逃してしまっていた。
「よし、レイズン。とりあえず街へ行こう。お前を元に戻す方法を探さなければな」
この犬が本当に人間のレイズンなのかまだ疑わしくはあったが、ハクラシスは気を取り直して、とりあえず噂の出どころである街へ行くことにした。もしかすると本物のレイズンはブーフと酒場にいるかもしれないし、この犬の飼い主が探していることがわかるかもしれない。
ハクラシスはスープで汚れてしまった犬のレイズンの口を布巾で拭いてやると、食事を終わらせ、レイズンを抱えて外へ出た。
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