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馬から落ちないよう、大きな布でまるで赤子のごとく犬を包み、それを胸に抱くように斜めがけすると、ハクラシスは馬に乗り街へ向かった。
街に着くまでの間、犬は大人しくじっと布にくるまっていた。
たまに布の上から背中を撫でてやると、布の中で尻尾を振り、嬉しそうに舌をペロペロと出して、ハクラシスの顔を見上げた。布ごしに感じる犬の体温は温かく、そしてとても柔らかかった。
「レイズン? 今日は来ていないけど」
レイズンいきつけのパブに行くと、店のウェイトレスが、素知らぬ顔で犬の頭を撫でながらそう答えた。今日は朝から、レイズンもブーフも見ていないそうだ。
「ブーフのところへ行ってみるか」
「ヒャン」
犬のレイズンは抱っこ布の中で、尻尾をピコピコと振りながら返事をした。
「あれまあ、ハクラシスさん、かわいいのを連れて!」
肉屋のおかみさんは、ハクラシスの胸に吊るされた布の中から顔を出す犬のレイズンに向かって何度もかわいいと言いながら、「ほら食べな」と燻製肉のかけらを差し出した。
犬のレイズンも嬉しそうに肉を口に含んで、クチクチと食んでいる。
「この辺で迷い犬を探している人はいないか?」
「うーん、いないねえ。もしかしてその子、迷い犬かい?」
「そうなんだ。飼い主を探している」
「ちょっと変わった犬種っぽいから、飼っているとしたら貴族の人かねぇ。この辺じゃこんな子みないし、探し犬の話も聞かないね。ねぇアンタ」
そうおかみさんが振り向くと、肉屋のおやじさんも頷いた。
「もし犬を探している人がいたら、ハクラシスさんに知らせるよ。そういやあ今日レイズンくんは?」
「そちらの御子息と一緒では」
「いや、うちのバカ息子は、今配達の最中でね。今日は朝から忙しくて、何度も行ったり来たりで、今日はレイズンくんと遊ぶ余裕もないはずだけどね」
「……そうか。そういえば、この辺で妙な噂を聞いたとレイズンが言っていたのだが」
「妙な噂?」
「行方不明者が犬になるという……」
その話を出すと、おかみさんが食いついてきた。
「はいはい! 今この辺じゃ、その話で持ちきりですよ」
「詳しく知りたいのだが」
「ええ、いいですよ!」
おかみさんが言うには、近くの街で商人の子供が行方不明になる事件が後を絶たないのだという。その子供らは急にぷっつりと姿を消し、その2〜3日後くらいに、犬の姿で帰ってくる。最初親もどこの犬かと思うらしいが、子供の名を呼ぶと返事をし、子供が好きなものを好んで食べるのだという。
それが昔からあるおとぎ話と同じだということで、世間では、いたずら好きの妖精が山に入り込んだ子供を犬の姿にしたのでは、という噂が流れているのだということだ。
ハクラシスは腕の中にいる犬の顔をチラッと見た。
何もかもがその噂話と一緒である。
「……それで、子供が犬になった場合、どうすればいいんだ」
「あれ、どうするんでしたっけ。アンタ」
「なんだったかな。聞いたと思うけど」
おかみさんもおやじさんも首を傾げた。
「酒屋のおやじさんなら詳しいかもしれないから、行ってみるといいよ! ……あ、いらっしゃい!」
話の最中だったが、肉屋に客が来てしまったため、ハクラシスは礼を言い店を後にした。
「あ! ハクラシスさん! これ! レイズンくんが美味しいって言ってたジャム! 私が作ったやつなんだけど、来たら渡そうと思ってたんですよ」
おかみさんがジャムの入った瓶と小さな包みを持って追ってきた。
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