番外編 犬になったレイズン

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「この字は御子息のもので間違いありませんか」 「ええ。でも……ヨナスは数字は習っていますが二桁までで、まだこんな大きな桁は知らないはずなのに……」   (なるほど、誰かに書かされた可能性が高いか。まあなんにせよ、犬に文字が書けるはずはないからな)   「すまないが、その紙切れをちょっと見せてもらえませんか」 「はい。どうぞ」 「レイズ……レイン、この紙切れを嗅いでみろ。臭いで犯人の場所をつきとめられないか」    ハクラシスは懐のレインに紙切れを近づけて嗅がせてみた。レインは真剣な表情で、その艶々とした黒い大きな鼻をヒクヒクと動かして嗅ぎ、一声「ヒャン!」と鳴くと、ピョンと懐から飛び出し、付いてこいと言わんばかりの大きな声で「ヒャン!」ともう一回鳴いて走り出した。    短足でスピードの遅いレインが必死で走り、それをハクラシスが追いかける。  そして辿り着いた先は、その街を出てすぐの山裾にある廃屋だった。かつて貴族が別邸として使っていたのか、館を中心にすえた柵の中は草木に埋もれ鬱蒼とはしていたが、手入れすればきれいな庭になるだろうと思われた。    ハクラシスは、ゼーゼーと荒い息を吐くレインに水をやりながら、背を撫でつつ「よくやったな。ここだな?」と聞くと、レインは水をペチャペチャと飲みながら「ヒャン」と答えた。    レインの足がもうちょっと早ければ明るいうちに辿りつけたのかもしれないが、すでに日は傾き始め、館の周囲はもうすっかりと暗く影を落としている。   (こっそり入るなら暗いほうが都合がいい)    水を飲み終えたレインは、その小さな体を使って勇猛果敢に家を囲む柵の中へ入り込む。   (まるで狩りの最中のレイズンのようだな)    普段はのんびりなレイズンも、狩りとなると勇ましいところ見せる。気がはやりすぎて、勇み足となるのが玉に瑕だが。    ジャムと酒が入った袋を一緒に抱っこ布に収めると、邪魔になる抱っこ布は肩から外して柵のそばに置き、ハクラシスは柵を乗り越え、レインを追った。
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