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ハクラシスはまず、外から館の内部を調査し始めた。
レインは犯人たちが出入りしていると思われる、かつて館の使用人が使っていた扉の周囲を警戒している。だが向こう見ずに突撃することは悪手。中には入らず、まずは外からどこに人がいるかを調べることが先決だ。
これまでの経験上、犯人がいるなら1階。人質は地下か人目につきにくい収納部屋と相場が決まっている。
だからまず、犯人がどこにいるのかをしっかりと把握してから行動に移す。
——今回の事件は、おとぎ話を装った単純な誘拐事件だとハクラシスは考えていた。
金持ちの子供を誘拐し、犬をその子供に見立てて家に帰す。子供の好きなものは菓子だとか味の濃い飯や肉だとか単純だから、子供の好物はだいたい犬も好きだろうし、賢い犬なら名もすぐに覚えるだろう。そして犬にはたびたび家にある金品を持ち帰らせ、金になりそうだと分かった時点で犬に紙を持たせ、最終的に子供と身代金を交換し、子供を家に帰す。
帰した子供が口を割ると困るので、帰す前に薬か何かで一時的に意識を混濁させるか何かしているのだろう。
(子供だから家に帰したのかもしれないが、これがもし大人であったなら?)
もし本当にレイズンがこの事件の犯人に捕まっているとしたら、大人である彼を無事解放するだろうか。
一瞬、過去のあの事件のことが思い出された。髪が逆立つような怒りが込み上がり、どうにかなってしまいそうな感情を抑え込もうと、思わず足元にいたレインを抱き上げた。
「——大丈夫だ。大丈夫。よし捜査を続けるぞ」
そうして館を壁伝いに蜘蛛が這うようにして進み行き、とうとう人の声がする部屋を見つけた。やはり思った通り犯人は1階の部屋にいた。
それにしても誰も来ないと思っているのか、窓は塞がれているもののひび割れ穴が開き、中からは明かりも声も漏れてしまっている。
(杜撰なタイプの犯人だな)
何を言っているかまでは分からないが、漏れて聞こえる声からして、犯人は3人。これならハクラシス1人でも余裕で制圧できる人数だ。
いけると判断したハクラシスは、レインが警戒していたあの使用人の出入り口のほうに向かった。
犯人は相当間抜けなのか、扉には鍵すらかかっておらず、簡単に入り込むことができた。
(なんだあっけないな)
そっと犯人らがいる部屋近くまで足を忍ばせると、廊下に上機嫌な男たちの声が聞こえ始めた。用心しながら少しだけドアを開け、中の様子を見る。
「田舎の商人どもは、みんな単純で助かるな〜!」
「犬を自分の子供だと普通信じるか? 金もすぐに持ってくるし、こんなラクな儲け方して大丈夫か心配になるな」
「でもそろそろここを引き上げねーと、役人に知らせる奴が出てきちまうぜ」
「そうだな、結構稼がせてもらったし、今いる子供を帰したらトンズラするか」
「あの犬、金持って帰ってくるかねー」
「家に結構金あるみたいだから、今頃かき集めてる頃だろーさ」
酒でも飲んでいるのか、ギャハハと大笑いする犯人らに呆れていると、突然足元にいたレインが「ウー」と低い唸り声をあげた。
静かにしろとハクラシスが慌てて静止しようとしたが、もう遅かった。
レインはこれまで聞いたことがないような声を出すと、ハクラシスが止めるのも聞かずに勢いよく中に突進してしまった。
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