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だがレインの代わりに、背中でレイズンが「んん……」と声を出し、もぞもぞと動いた。
「レイズン! 気が付いたか!」
「ん……あれ、ハクラシス?」
「俺がわかるか!?」
「ん……」
「……そうか。具合は悪くないか?」
「すごく眠い……」
「すぐに小屋に戻ろう。腹もすいてるだろう」
朝も少ししか食べていないはずだから、余計に力が出ないのだろうと、ハクラシスはレイズンを背負ったまま小屋へ戻る道を辿りはじめた。
「俺……さっきまで夢見てた」
「……どんな夢だ?」
「へへ、よく覚えてないんですけど、小さな犬になって、ハクラシスとなんだかすごい冒険をしたんです。すごく楽しかった」
「……そうか。小屋に戻ろうレイズン。さ、喋っていると、揺れて舌を噛むぞ」
「へへへ」
小屋に着いてからレイズンにスープを注いでやりながら、ハクラシスはもう一度その夢の話について尋ねた。だがレイズンの記憶はすでに曖昧になっていて、ぼんやりとしか覚えていないようだった。
だがハクラシスの肩には、レインを入れていた抱っこ布が下がっていたし、その中にはレインが肉屋のおかみさんから貰った燻製肉が入っていた。それがレインが存在したことの何よりの証拠だった。
「レインは俺に似てました?」
「似てたな。食い意地がはっていて、こう、手足が短いのに必死で、テーブルの上にあったジャムの瓶を取ろうとした」
「俺、そこまで食い意地はってませんし、手足は短くないです」
ブスくれたようにレイズンが言うと、ハクラシスは少し笑った。
「はは、そうだな。体型は似ていなかった。だが食い意地はそうだろう。おかげで妖精たちの野いちごに手を出した挙句犬にされた。でも愛らしかったな。毛の密度が高くて、ふわふわなんだ。……お前の髪の毛によく似ていた」
ハクラシスはベッドに腰掛け、気怠げに寝転ぶレイズンの頭を、レインにしたのと同じように優しく撫でると、「ヒャン」と鳴く代わりにレイズンはへへへと笑った。
「……朝はすまなかった。俺がちゃんとお前に向き合っていれば、こんな厄介事に巻き込まれなかったのに」
結局のところ、小さな街でおこった誘拐事件とレイズンが犬になったことは、まったくの無関係だった。ハクラシスにしてみればただの徒労ではあったのだが、まあ誘拐された子供たちを保護できたことを考えれば、役に立ててよかったといえる。あとは山に放置された子供らが無事であればいいのだが。
「勝手に飛び出した俺も悪かったんです。でも見たかったなぁ〜。ハクラシスが小さいワンちゃんと活躍するところ」
「実際一緒にいたのはお前だからな」
「でも俺からは見えなかったし。楽しかったなーくらいで、もうあまり覚えてないですし」
「お前が行方不明になって、俺は肝が冷えたんだぞ」
「俺だって、まさかあそこか妖精の禁忌の庭だなんて知らなかったんですよ。勝手に迷いこまされて、あそこにあるものを採ったら犬になるだなんて、ひどい冗談ですよ!」
「まあな。ああいう存在はもともと理不尽なものだ。だが無事に見つけられてよかった」
ハクラシスは心底そう思いながら、レイズンの頭にキスをした。
あのまま居場所が分からなかったら、レイズンは一生犬のままだったかもしれない。そう思うとゾッとする。
「……そういえば、最近上の空だった理由を聞いてませんけど」
「……そうだな。元はと言えば、俺が隠し事をしていたのが悪かった」
「隠し事?」
「実はだな。俺の部屋を改築しようと思ってる」
「え? 改築?」
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