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2 小隊長のひみつ
ある日の夕方、レイズンは人気のない訓練場をうろついていた。
訓練時間は終わり、ちょうど皆いなくなる時間だったが、レイズンはハクラシスを探し、行ったり来たりを繰り返していた。
手には小さな包み。レイズンはこれをどうしてもハクラシスに渡す必要があったのだ。
訓練場の中を覗いたところでようやくハクラシスを見つけ、しばらく出てくるのを待っていたがなかなか出てこないので、勇気を振り絞り声をかけようとした。しかし。
「なんだ、用もないのにウロウロするな!」
小隊長の怒声に、レイズンはビクッとし反射的に直立の姿勢をとった。
用がなかったわけではない。あの日汚れを拭き取るのに使わせてしまった手巾について、一言謝罪しようと小隊長を探していたのだ。
ちょうど一人で訓練場にいる小隊長を見つけたので、出てくるところを待ち構えていたのだが、それがどうやら暇そうにウロついているように見えたらしい。
おっかない小隊長に声をかけるなんざ普段なら恐ろしくてできないが、今回迷惑をかけた内容がアレなだけに一言きちんと謝罪すべきだと思ったのだ。
なにしろ完全に他人の汚物といえるものを拭き取って貰ったのだ。しかも小隊長個人の持ち物で。
自分だったらそんなもの、使った後はゴミ箱に直行だ。それがもし高額なものだったらと思うと冷や汗が出る。
「しょ、小隊長殿!! 先日はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした!!」
叱られようが怒鳴られようが、今言わなければもう言うチャンスはない。レイズンは直立の姿勢からガバッと勢いよく上半身を前に倒し、直角の姿勢にて大声で謝罪した。何事も勢いが大事だ。
「わざわざ謝罪などいらん」
「それでは私の気が済みません! この前汚してしまった手巾のお詫びに、どうぞこちらをお受け取りください」
その勢いのまま持っていた包みを差し出した。とはいえ中身は時間がなく、近くの雑貨店で購入した急ごしらえのものだ。それでも何とか急ぎでイニシャルは入れてもらった。
「お前の気持ちなどどうでもいい。……それに手巾のことも気にするな。俺に物を贈るなど勿体ない。それはお前が自分で使え。分かったらさっさと持ち場に戻れ。次の演習で遅れたら容赦はせんぞ」
差し出した包みに触れることもなく、一瞥しただけで小隊長は行ってしまった。
(——言葉は厳しかったが、見なかったことにしてくれた、ということでいいのかな)
あんな状況だったにもかかわらず小言もなく、遅刻の罰もいつもどおりの草抜きだった。そのおかげで、遅刻した理由を誰にも怪しまれずに済んだのだ。
相手が小隊長じゃなければ、今頃レイズンは遅刻してまで尻で自慰をする男として、騎士団の中で有名になっていただろう。
(……いつも言い方が怖いだけで、案外優しいのかもしれない)
レイズンは受け取ってもらえなかった包みを持ったまま、去り行く小隊長の背中をしばらく見つめていた。
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