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「小隊長そんな上位部隊にいたのに、なんでこんな雑務しか仕事がない下位小隊の小隊長なんかになったんだよ。……あ、でも小隊長だから一応昇格なのか?」
「んー、昇格というか……。どう言ったらいいのか」
レイズンの疑問に、ロイは悩むような仕草をした。
周囲の者は昼食を食べる手を止めて、ロイの方に身を乗り出し、話の続きを待った。
「……俺が知っている情報しか話せないけど、いいか。本当かどうかも確かめたわけじゃないぞ。俺も人伝てに聞いたんだからな」
ロイは何度もそう言い訳しながら、口を開いた。
「ほら数年前までさ、この国も強硬派が力を持ったりとか政治的ないざこざがあっただろ。小隊長もそいつらの鎮圧とかに駆り出されていて、長く家には帰れていなかったらしい。それでさ、やっとなんとか制圧して終息したんだけど、それをやってのけた部隊の指揮をとっていたのが小隊長だったみたいでさ」
「それマジな話? 小隊長すっげーじゃん」
ロイの話に齧り付いていた隊員らが、我らが小隊長の功績にワッと歓声をあげた。
その騒ぎに食堂にいた他の者らが、何があったのかとこちらを見ているのをみて、ロイが慌てて口に指を立ててシッと静かにするように促した。
「ちょ、ちょっとこれは結構内密な話なんだから他に言うなよ!? 本当かどうかも分からんのだから!」
「分かった分かった。で、それなのになんで国の英雄がこんなチンケな小隊の長になったんだよ」
ここでまたロイがうーんと悩み、口籠らせた。
「ここから先は、本当に人に言うなよ」
「分かったからさ、早く言えよ」
レイズンもここから先の話が早く聞きたくて、ロイを急かした。
「……それがさ、どうやらその強硬派の残党に逆恨みされたのか、小隊長の奥さん、暴行された挙句子供ごと殺されて、しかも家に火をつけられたらしい」
「——え」
その場にいたすべての者が息をのみ、シーンと静まり返った。
それはレイズンも同じだった。
「それで小隊長はもう国のために戦う意志を失って、騎士団を辞めるって言い出したのを何とか説得して、前線には出ることのないこの小隊に配属することで納得してもらったって。上も英雄となるはずの人物を手放すのが惜しかったんだろうなあ」
ロイはそうしみじみと言うと、なんだかいい話として締めくくった。
レイズンは、小隊長は奥さん一筋だと聞いていた。しかしその人はもう亡くなっていた。
それもそんな酷い別れ方をしていたのかと、心が重くなった。
「小隊長、ご苦労されていたんだな……」
レイズンが小隊長の心情をおもんばかろうとしている時、「なあ、そんな強い人が指揮をとっているウチの小隊って、本当は凄いんじゃないのか!?」と、誰かがそんなことを言い出した。
するとそれに同調したように次から次へ声が上がる。
「そういえばそうだよな! 前は失敗したけど、ちゃんと小隊長の指示に従って訓練をこなせば、俺らだってもうちょっと強くなれるってことだよな!」
「ああ! 俺らもっと強くなってさ、小隊長に認めてもらおうぜ!」
「そうだよ! この前の魔獣討伐の汚名返上だ!」
これまでにないほどみんなの士気は高まっていた。レイズンの隣にいるラックもそうだ。あの普段ヤル気なくどうやってラクするかばかり考えているラックまでもが、興奮したようにみんなと同調している。レイズンだって、小隊長に認めて貰いたいという意欲が高まる。
みんなの興奮が頂点に達し、「おおー!!」と雄叫びをあげ拳を突き上げるのを、周囲の者らは訝しげに見ていた。
その日からみんな人が変わったように真剣に訓練に取り組むようになった。
いきなり変わった部下たちを、何も知らぬ小隊長は戸惑い不審そうにするばかりだった。
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