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なんか、こういうのっていいな。ホテルへ帰ってきたときに、家に帰ってきたって思えるような場所っていいなって。私も、そんなふうに役に立ちたい。あの頃の私のような子がいたら、手を差し伸べてあげられるような。そんなホテルの人になりたいって」
「それがきっかけで君はホテルスタッフに?」
「単純ですよね。だから、私もお客様にとって、第2の家のようにくつろいでいただきたいですし、家族のような、そんな存在になりたい。それで、やるからには一流の接客を学べる場所で勉強したい。そう思って、このホテルに」
彼女は、頬を赤らめて照れたように微笑んだ。
先ほどから榊は饒舌になっている。敬語も程よく消えていて、グラスを眺める瞳は、水に浮かぶガラス玉のようにキラキラと輝いている。
「家族になりたいのなら、最初のあの行動はやっぱりやりすぎ。あれじゃ召使いの行動ですよ。
ホテルの人間は、たとえお客様と立場は対等でないとしても、人として気高く品よく振る舞わなければなりません。
良識あふれるホテルスタッフとしてお客様が求める優しさを与えなければならなかった。それができないと、お客様との信頼関係が生まれないし、家族にはなるのは難しいでしょうから」
「ですね。星野さんのお言葉、胸にとどめておきます」
と榊は屈託のない笑顔をこちらへと向けて笑う。
無防備な満面の笑みは太陽の熱より強くて、ついくらっと立ちくらみをするほどだった。それに気づかれないように、こちらも同じぐらいの笑みを浮かべる。
「まあ、これからですよ。ゆっくり成長していけば」
「星野さんは、ホテルの方なんですか? ってごめんなさいお客様のプライベートですよね」
と、一つ壁が取っ払われたことで、彼女の口から質問がするりとこぼれた。
おそらく気になっていたのだろう。僕が何者であるのかを。
「でも興味があるんでしょう?」
「うう。ないとは言えないです。てゆうかすごく知りたい」
軽くなら明かしてもいいだろう。いつかボロが出るだろうし、隠すのも変だ。
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