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「……大青さんは、ずるいです。私の気持ちなんか、全部わかってて、一緒に……いたいって、言わせてる……」
「ごめんね。意地悪して。でも、聞きたかったんです。しずくの気持ち」
彼の大きな手のひらが、私の頬へとそっと触れる。思いがけず、あたたかなその手に触れられて、身体をびくりと跳ねさせてしまった。恥ずかしさで顔が赤らむのがわかる。
「しずくの頬、冷たい。部屋、暖めときましょうか」
スマホを手に何やら操作を始めた大青さんの言葉に、「部屋?」と聞き返してしまった。一緒にいたい。って応えたということは、つまりは、そういうこと。静かに降る雨音が、耳の奥で反響するように大きくなった気がした。
正直に言うと、こんな展開を求めていたわけじゃない。
でも、大青さんと深い関係になりたくなかったわけじゃない。
もっと彼のプライベートな領域に踏み込みたいって、そう願っていた。
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「狭いですが、適当にくつろいで。僕はキッチンからなにか見繕ってきますね」
と、大青さんは玄関に入るなり、颯爽と奥の扉を開けて消えてしまった。
「お、お邪魔します」
誰もいない玄関先で一人、訪問の挨拶を呟やく。大理石の広々とした玄関に、靴を揃える。すぐ右脇には、シューズインクロークが見え、壁一面にずらりと並ぶ靴に、折りたたみの電動自動車やダンボールが無造作に積まれている。
「シューズインクロークに住めそう……」
高層マンションの豪奢なロビーに、私と大青さんを載せたタクシーが到着したのはつい数分前のこと。ドバイステイの頃から、ちょっとばかりリッチな生活を送るホテルマンだとは思っていたけれど、住む部屋を見る限り、思っていた以上に一流らしい。
「私の住む、エレ無しの社員寮とは大違いすぎる……」
扉を開けると、暖かな空気が流れてきた。
ホームセンサーを携帯端末で設定してあるのか、3月のまだ肌寒い季節だというのに、部屋の中はすでに快適な温度だった。
3人がけのソファーがゆったりと置かれたリビングに出た。半透明ガラスのパーテーションで区切られた部屋は、奥にはパソコン机が置かれており、書斎のようだ。
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