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「ふふっ。大青さんでも苦手なことってあるんですね」
「ええ。あ、しずくはどれぐらい前についていたんです? 髪も化粧も駅についてから直しましたよね」
「え? なんで分かるんですか?」
「しずくのことなら、大体検討がつきますよ」
彼はいたずらっぽい笑顔を浮かべる。なんだか、彼に会えることが待ち遠しかったことも、今でも思っていることも、全て彼に見透かされている。そんな気さえする。
「もうっ。相変わらず、大青さんは、い、意地悪ですね」
「しずくは、綺麗になりましたね」
大青さんの言葉に、咄嗟にぎゅっと奥歯を噛み締めた。そんな褒め言葉をもらったら、嫌でも顔が緩んでしまう。大人になった私を演じようとしていたのに、平静を崩そうとする意地悪な彼に抵抗する。
「……5年です。大青さんと出会ってから、もう5年経ちました」
大青さんとは定期的にメールでやり取りをしていた。仕事で躓いたときも、お客様からかけられた何気ない嬉しい一言も、共有したいことがあるとついメッセージを送ってしまう。大青さんは、くだらないメールにも何かしらの返事をくれた。
「よかったね」とか「頑張ってるね」とか、そんな短くて簡素なメッセージだけど。
「それで、ポジションは今どこですか?」
彼の質問に、視線を泳がせた。ホテルの仕事を必死にこなしてきたものの、いまだに達成できていないことがある。それを明かすのは、彼を失望させてしまうようで、口にしづらかった。
言い淀んでいたものの、他の話題を振るわけにもいかず、腹を括った。
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