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「セクハラですか? 大青さんが?」
「あるんですよ。男でも」
彼は、くすくすと楽しげに笑いながら、目を細めた。ゲストにセクハラを受けた大青さんが、顔を赤らめて泣きだすダメダメな様子を想像してしまい、肩を揺らして笑ってしまう。
「あ、ごめんなさい。ダメダメな大青さんを、想像したら、ツボに入ってしまって」
「どんな想像したんです?」
「すみません、い、言えない」
「ふーん。まあ、良いですが、別に……」
彼は、ふてくされたように、そっぽを向いてしまった。流石に笑いすぎたか、と、少し反省をする。
でも、セクハラをされている大青さんをちょっと見たいなんて考えちゃいけないのに、どうしても止められなかったのだ。
笑いすぎてたまった涙を指先で拭うと彼へと視線を戻した。彼は、窓の外に広がる喧騒へと顔を向けていた。車のネオンがガラスに反射して、彼の綺麗な横顔をキラキラと濡らしている。
形の良い耳に、すっと鋭利な顎先、薄い唇は今は、横位置文字に閉じられており、眼前に広がる景色を見つめる瞳も何も語らない。
綺麗すぎる横顔をずっと見つめていたいけど、無言がちょっと怖くなって、つい口を開いてしまう。
「あの、怒ってます?」
「え?」
驚いたようにこちらへと視線が戻る。彼は、ゆるく首を振ってサラサラの髪を乱した。
「ちょっと思い出してたんです」
「何を思い出してたんですか?」
静かに彼は私を見つめた。先ほどまでは、ガラス玉みたいだった瞳は、過去の思い出を引き摺り出して、映し出している。熱い砂の上に建てられた一夜だけのレストランで、私に見せた、優しい瞳がそこにあった。
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