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「君とドバイで食事をした夜のこと。
あのときは見渡す限り砂漠だったのに、今はビルと高速道路に囲まれた場所にいる。なんだかとても長い時代を超えて再会したかのような、不思議な気分だなって思いまして」
砂漠の中でのレストランの経験は、今もはっきりと思い出せる。金貨を給仕係へと渡すと、別世界の扉が開かれたかの様に魅惑的なレストランへと案内された。その時私の隣に彼はいて、私の手を誘ってくれた。
「あのときの金貨。帰りがけに返されたじゃないですか」
「ああ、今夜の記念にって渡されてましたね」
「それ、私まだ持ってます。給仕係を金貨で買うっていう設定は、最初は受け入れられなかったけれど、よく考えてみると非日常を演出する、とてもロマンチックな仕掛けでしたよね」
つい口をついてしまったが、あの夜の金貨をずっと持っていたなんて、なんだか過去の思い出にずっと浸って生きてきたみたいで、少し恥ずかしい。誤魔化すように他の話題も付け足した。
「あ、でもドバイのホテルの設備は、世界一ハイテクだったと思います。雨をドローンで降らせようなんて、日本では考えられないですし」
「ふっ。確かに、そうですね」
それから私達はドバイでのことや、ホテルでの仕事のことを語り合った。甘い雰囲気の漂う会話内容じゃないけれど、彼との会話は楽しくて、あっという間に時が過ぎてしまった。
だいぶゆっくりと食事をしたあと、店を出ると、小雨が降っていた。
「駅まで、走れますかね」
心配げに空を見上げる大青さんの隣で、鞄の中へと手を入れた。
「私、折りたたみの傘、持ってます」
「準備が良いですね。天気予報、雨マークなかったのに」
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