バカになりたい

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4時43分。 いつの間にか眠ってしまっていた。 夜更けの肌寒さが 私に独りであることを教えてくれる。 …喉が、痛い。 当然だ。 布団もかけずに寝ていたのだ。 乾燥も黙ってはいないだろう。 よろけながらも立ち上がり 冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出す。 喉を通る冷たさが 寝ぼけ眼の脳みそに突き刺さる。 そういえば、今日燃えるゴミ… ガチャ 「なんだ、起きてたのか。ビックリさせんなよ。」 今朝締めてあげた赤いネクタイが解けている。 今朝渡した鞄が汚れている。 昨日磨いた靴の踵に皺がある。 毎日見ていた彼の顔が 知らない人の顔に見える。 「おかえり。さっきまで寝てたんだけどね。寒くて起きちゃった。」 笑えているのかは、わからない。 「ふーん。あ、ついでに俺にも水。」 彼が横を通り過ぎる。 お酒の匂い。 加熱式タバコの匂い。 甘い 石鹸の匂い。 「シャワー、浴びた?」 水道の蛇口を捻る私。 「は?浴びてねーよ。」 ベッドにジャケットを投げる彼。 「そっか。なんか、いつもと違う匂いがしたから。」 コップを持つ手が震える私。 「は?そんなのお前の気のせいだろ?上司と飲み会って言ったことすら、覚えられねえくらいバカなのかよ。」 椅子に座り、貧乏ゆすりをする彼。 「…そうだった、よね。ごめん。」 コップから溢れた水で袖まで濡れる私。 「おい!早く水寄越せよ!いつまでかかってんだよ。本当にバカだよなお前。」 私から強引にコップを奪い取る彼。 「…。」 彼のワイシャツ襟元に 今朝は無かったシミを見つける私。 「俺もう寝るから。あと、シンクがなんか詰まってたぞ。明日でも何でも、ちゃんと掃除しとけよな。ったく、こっちは仕事してんだから、それくらいお前がやれよ。大体…」 ……… あぁ そっか やっぱり私 あなたの望むような バカにはなれないみたい。 「…私たち、もう別れよっか。」
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