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田舎暮らし
ひさしぶりに姉から手紙がきて、「引っ越しました」というので、それで、会いに行くことにした。電車を何本も乗り継ぎ、バスに揺られ、ようやく辿り着いたのは、その辺をクマやシカのうろついていそうな、そんな感じの土地だった。
人に場所を訊きながら探し当てた家は、戦前からありそうなたたずまいの古い木造住宅だった。
「はーい」と返事の後に出てきたのは、男の子だった。一目で姉だと分かった。「あこがれだったんだよね、田舎暮らし」男の子は鼻の下を指でこすった。教科書から抜け出してきたみたいだと思った。
「今はその姿なんだね」
「そうさ。とても調子がいいんだ」
なんだかとてもうれしくなってきた。
「よかったね。じゃあ探検だって行けちゃうね」
「地球の裏側にだって、世界の果てにだって歩いていけるよ。でも心臓がないんだ。ほら」
そう言うと、男の子はシャツをまくった。
ずっと聞えていた悲鳴が自分のものだとようやく気づいた。全身寝汗でびっしょりぬれていた。
息を整えてベッドを降り、窓を開けると風がひやりと頬に触れた。夏の夜明けはまだ遠く、夢の残滓がそこらに漂っていた。星がひとつまたひとつと空へ還っていく。
まだ姉が元気だった頃、この窓からこうして一緒に夜明けを見たのをぼんやりと思い出し、ふっとさみしくなった。
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