忘れ去られた少年

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▼トビー  コポコポと音がする。暗い……真っ暗な底へと沈んでいく感覚。それは覚えのあるものだ。 カミーユ……  声が聞こえる。腕に、足に、体に絡みつく無数の手はまだ小さい。 カミーユ…… 「!」  途端、流れ込む水が喉を塞ぐ。肺に流れ込んでいく。苦しくてもがくように手を伸ばしても上に行けない。  カミーユ……  どうして今更責めるんだよ、トビー。そんなに俺が許せなかったのかよ。  意識が沈む。引きずられるように水の底へと。もう、もがく力なんてない。 ◇◆◇ 「トビー!!」 「!」  強い声に起こされて目が覚めた。喉は引き絞られたように痛んで咳込んでしまう。ステンがコップに水を汲んで持ってきてくれて、ゆっくりと飲ませてくれた。それでも目に見えて手は震えている。 「お前、本当に大丈夫か? 海に行った日からおかしいぞ」 「……大丈夫だって。ちょっと夢見が悪いだけだから」  言っても説得力がない。今日で三日、ステンに起こされている。  あの日、海で見た幻は夢の中まで苛むようになっていた。溺れる夢なんて縁起でもないが、心当たりがあるからどうにもならない。ただ、それを誰かに言う事はできないんだ。  そんなトビーを見るステンはしばらく無言でいたが、やがて大きな溜息をついて隣に座り、そのままグッと抱き寄せてくる。驚いて……でも、居心地がよかった。 「なぁ、トビー。お前、何抱えてんだ」 「そんなんじゃねーよ」 「誤魔化すな。ここ三日のうなされ様は普通じゃない。傷が痛むのとも違うだろ。話してみろって」 「だから!」 「心配なんだよ、マジで」  そっと頬に手が触れて、額にチョンと唇が触れる。しばらく何が起こったのか分からなかったトビーは、理解して飛び上がるように距離を置いた。 「おっ、おま! お前!」 「なんだよ」 「キス!」 「あぁ? あんなの、親がガキを落ち着ける時にするのと変わんないだろうが」  あきれ果てた様子で腰に手を当てるステンだが、次にはニッと悪戯に笑って立ち上がり、ジリジリとトビーに迫ってきた。 「おっ、落ち着けステン。俺男だって」 「おう、知ってるぜ。でも騎士団って男色もありなんだろ?」 「落ち着け! 俺は違う! 違うからぁ!」  慌てふためいて逃げようとするが、まだ調整中の足はそんなに機敏な動きは出来ない。転びそうになった所をステンが腕を引いて助け起こし、トビーはまんまと捕まった。 「落ち着けって。なぁ、トビー。無理してないか?」 「……してない」 「お前、案外意地っ張りだよな」 「うっせぇ!」 「俺達は知り合って間もないし、ここを離れたらもう会うこともないだろうけどよ。だからこそ言える事とか、有るんじゃないか?」 「それ、は……」  そうなのかもしれない。この事が重しになっているのはきっと確かだ。人生で溺れて死にかけたのはこれで二回目。引き金はあの時だ。  それに、この男は案外甘やかすのが上手いのかもしれない。子供達に好かれるのも納得できるくらいには気安くて、優しいんだ。 「トビー」  低く、少し甘く名を呼ばれると甘えたくなる。だがこれは昔の自分だ。トビーはこんなに弱くない。トビーなら、はね除けられるはずなんだ。  でも、出来なかった。頬をスルリと撫でたざらついた指先、甘い海のような瞳が近づいて、そっと頬に唇を落とす。頭を撫で、お姫様抱っこされてベッドに戻された。 「抱え込んだものが重いと溺れるからよ、その前に預けられる奴を見つけないとな」 「……」  いい加減、疲れた。それが、今の正直な気持ちなのかもしれない。
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