忌み島の夜明け

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◇◆◇  翌日、ランバートはステンを伴って王城の一室を目指した。王との謁見をファウストに頼むと案外あっさりと応じてくれるらしい。もとい、今回の一件はウェールズも関わってくる事から気になっていたようなのだ。  帝国式の正装をさせられたステンはもの凄く居心地悪い様子だが我慢している。この交渉に島の未来がかかっているのだと言えばそうなるだろう。 「呼ばれたら入ってくれ。それまでは外待機だ」 「分かった」  最後に念押しをしたランバートがノックをすると、直ぐに入室許可が出される。そうして入ると主要四府の長とカール四世が静かにランバートを待っていた。  自然と気合いが入るというか、戦いに挑むような気持ちが出来上がる。それにそれぞれの長が気づき、なによりもカール自身が気づいたのだろう。長達は驚き、カールは笑った。 「私は今まで、お前がジョシュアの息子だという事実は知っていたが実感が湧かなかった。だが、誤りだな。お前はあの男の息子だ。実に不愉快だな」  そう、もの凄く楽しそうに笑って言うのだ。そしてスッと、目を細めた。  途端、満ちる空気の圧が変わったのを肌で感じた。皇帝カール四世は希代の王であるのだ。 「さて、まずは何を話す?」 「はい。まずはトビー・ダウエル本人についての報告をさせていただきます」  改まったランバートはまず、トビーの身の上について報告を行った。 ――  全ての報告を終えた段階で、カールは少し困った顔をする。それはシウスも同じだが、他はそれなりに静かだ。 「なるほど、情状酌量の余地はあり、尚且つ既に何か手が打てる年月でもないな。だが完全に咎め無しとも言えない」 「恐れ多くも申し上げます。この件についてトビー本人はカミーユとして今後生きる事を放棄し、このままトビーとして過ごす事を望んでおります。そして養父母についても大恩あれど恨みはないと。ですがこれがまかり通れば国としても問題ありと思って一応報告をさせて頂きました。どうか、寛大な処分をお願い致します」  静かに頭を下げたランバートを見てカールはしばし無言となる。だが助け船は意外にもカールの横からした。 「八つの子が、養い親も主も亡くして生きていく事は酷です陛下」 「ん?」  オスカルはやや真剣な顔をしている。そして静かにカールを見た。 「僕は四つまで孤児として過ごしましたが、常に不安でした。己の生活も命も人権すらも、あらゆる力の前では塵に等しいと分かるからです。子供は案外見ているものですし、己の無力も理解します。そんな幼子に、選択肢など無いも等しいもの。己が生き延びるために彼が選んだ道は正しかったのです」  珍しく静かな声音に全員が静かになる。その中でカールだけが考え、頷いた。 「そうだな。これで偽った子が不遇であったりすれば咎める気にもなるが、どうやら我が子として大切に慈しんできた様子。最愛の子を失って正気を保てなくなった妻と、子を無くし悲しみに暮れたダウエル伯も思えば気の毒であった。故に今回は一度呼び、以後も彼を家族として大切にするよう注意するだけとしよう」 「寛大なお心、有り難うございます」  この件についてはそれ程心配はしていなかったが、改めて良かったと思う。  だが問題は次だ。カールがランバートに視線を向けて笑う。普段よりも少し意地悪に。 「さて、他はあるか?」 「……ございます。ですがその前に、この件に関わりの深い人物を召喚したく思います」 「あぁ、聞いている。ルアテ島の顔役をしているという青年だね。構わないよ」  事前に話は通していたがこんなにもあっさりと許可が下りた。まぁ、ここに集まる面々を考えれば一切脅威ではないだろうしな。  ランバートは感謝を述べて扉を開ける。そしてステンを招き入れた。 「こちらが、この度トビーを救助したルアテ島のステンという青年です」 「ステンと申します」  素直に頭を下げたステンはそのまま動けない。その様子にカールは頷いて、顔を上げるよう言ってくれた。 「それに関しては感謝している。聞けば、我が国の民が度々助けられているという」 「それ程の事では」 「……だが、ここに来た用件はそんな事ではないかな。ランバート、私と何やら交渉がしたいのだろ? 出し惜しみせずに話せ」  ニッと笑ったカールの目が光る。私人としては天真爛漫な人だが、皇帝となるとこんなに空気が違うものか。思うが、それなら話が早い。  ランバートは許可をもらって持参した袋の中から石を三つ取り出す。それに、手前にいたファウストとクラウルが訝しく首を傾げ、オスカルとシウスは軽く目眩を覚えた様子だった。 「こちらは、ルアテ島から産出されました宝石の原石です。サファイア、ルビー、トパーズです」 「うん。オスカル、シウス、簡単だが鑑定は出来るか?」 「はっ」  立ち上がり、オスカルはサファイアとトパーズを、シウスがルビーを手にする。それに光を当てて角度を変えて数分見つめた後で戻ってきた。 「さて、どうかな?」 「最上級のサファイアです。青の色は気品溢れるロイヤルブルー、透明度も高く粒が大きく、中には金に光るインクルージョンも確認できました」 「ルビーも最上級のピジョンブラッドです。深い色で光を当てれば内側から煌めくように光ります。そして同じく、金のインクルージョンが確認できます」 「またトパーズは透明度の高いブルーですが、何より大きいのがいいです。置物を作るにはもってこいでしょう」  二人の報告にカールは頷く。そしてランバートを見てにっこりと笑った。 「つまり、これらの宝石の貴重な原産地となった彼の島を、我が帝国で庇護しろということかな?」 「はっ」  静かに頭を下げたランバートにつられてステンも慌てて頭を下げる。  が、カールは意地悪に笑った。 「では、あの島を帝国の属国として迎えよう。そうなればあの地も私の国の一部。当然庇護する」 「陛下、心にも無い事を仰るのはおやめください」  とても静かな声でランバートは告げる。これにシウスは少し慌てたが、カールは目を細めた。 「その根拠は?」 「陛下は民に心を砕き、弱い者に目を向けてくださる方。例え何処にも属さぬ者とはいえ、己の身すら立てる事もままならない者を押し潰すような非情な方ではございません。そのように試さずとも、私はこの国の益も提示いたします」 「私は優しい王であると思っているよ? だからこそ我が国に迎え入れる。奪い取ったりはしない」 「……かつて罪人として流されてきた彼ら祖先が、必死に守った彼らの居場所です。どのような形でも追われれば、そこに遺恨は生まれるのです。今まで彼らの窮状は分かっていても手を差し伸べなかったというのに、今更親切面で近寄るのは恥です。我らは彼らを認め、よき隣人となるべきです。あの島は、これまで耐えて生きてきた彼らのもの。易々とお手を触れるべきではありません」  そう言った時のランバートの目は、戦場のそれと遜色ないものだった。いや、それ以上に圧があった。発散させるのではなく内に押し込めるような気迫にファウストもオロオロする。  だが、案外あっけらかんとその気配は霧散させられた。 「まぁ、そうなんだよね」  そう明るい声で言ったのはカールだった。  ニッと楽しそうに笑う彼にランバートは溜息をつく。そして剣呑な目をした。 「私を試されるなど、時間の無駄ではありませんか?」 「ごめんごめん、ジョシュア前にしてるみたいで意地悪を言いたくなってね。分かっているよ、そんな恥知らずな事はしない。何よりそんな事をしようものならジョシュアもヴィンセントも止めると思うし。私もこの国を負う者として、これでも矜持はあるつもりだよ」  この空気に案外ほっとしたのはシウスだ。恐らく心中はドキドキハラハラだ。申し訳ない。 「だが、素直に応じられる話ではない。あの島が庇護を求める理由も納得できるが、国としての利益も欲しい。これらの宝石を差し出すと言われても少し困るよ。宝石自体の価値が大暴落しかねない。それはそのままこの国の民が苦しむ結果となる。宝石以外の利益を、用意できるのかな?」  にっこり微笑むがやはり意地悪だ。先に『宝石』という手を封じたのだ。  まぁ、用意しているものは違うが。ランバートはニッと笑った。 「我が帝国海軍の前線基地など、いかがでしょう?」 「ん?」  その言葉に驚いたカールが目を丸くする。だがこれに驚いたのはカールだけではない。シウスやファウスト、クラウルまでもが目を丸くしたのだ。 「ジェームダル、クシュナートとの三国同盟が成った今、最も懸念される相手は西の大国ウェールズです。奴らは陸戦ではファウストを警戒して侵略などを控えているようですが、その分海上は騒がしくなっております。現に今回の件もウェールズの私掠船が起こしたこと。今後も海上では不穏な動きは増えるかと予想されます。加えて彼の島の資源をウェールズが知れば我が物顔で蹂躙し、あらゆる資源をむしり取ってその資金で我が国への侵攻を開始するでしょう」  これにシウスは素直に頷き、ファウストは嫌な顔をした。カールも分かっていて難しい顔で頷いた。 「そこで、ルアテ島に海軍砦を建設し、海軍が常駐することで抑止とするのです。勿論何かがあればそこから直ぐに出航できますし、王都側からとルアテ島側から挟撃も可能となるでしょう。同時に我が帝国の砦があり、海軍が常駐するのです。島民にとってこれ以上の庇護はないかと存じます」 「……ぷっ、あはははは!」 「!」  これらを聞いていたカールが目をキョトッとさせた後、思い切り面白そうに笑った。それに色々驚いた人もいたが、ランバートとしては上々だ。 「シウス、彼の話すような効果は期待できるかい?」 「はっ、間違いなく。ルアテ島は外海に近く、不審な船があれば捕らえる事も今までより容易くなるかと」 「なるほど。ファウスト、その分の人員はだせそうかい?」 「問題無いかと思います。第三は人数も多く編成しているので」 「うんうん。ランバート、あそこに砦を作るとなれば相応の費用がかかる。それはどこから捻出する?」 「はっ。ルアテ島よりここにある三種の宝石を酒樽一杯に一つずつ、合計三つ持ってきてございます。全て原石ではありますが、それでも建設費等の足しになるかと思います。足りないようでしたら同じ物を六個はご用意いたします。また、砦建築について既に島民による会合が行われ、合意するとの回答が得られています」 「やれやれ、用意周到な」  溜息をついたカールがステンを見る。それにステンは驚き、また頭を下げた。 「お願いいたします」 「……まぁ、我が国の益は多そうだね」  ふっと息をついたカールが全員を見回す。そしてランバートへも。 「さて、大がかりな話が舞い込んだようだ。お前達、どうする?」 「「良いかと」」 「うん」  団長全員の同意が得られた。そしてそれに対し、カールも一つ頷いた。 「では、これらについては私からヴィンセントへと話を通す。以後は彼に任せる。ランバート、お前の事だから既に諸々の道筋をつけているんじゃないか? お前の交友関係でいけばリッツ・ベルギウス辺りか」 「お察しの通りです。技術援助、指導、市場への流通全てを彼に託しました。色の良い返事を頂いております。数日後には陛下への献上品を持ってこちらへと伺うとのこと」 「あい、分かった。お前は本当に可愛くないな。あの男のやり口に似ている。だが、個人的にはとても気に入っているからね。今後とも我が国の為に動いてくれ」 「はい」 「ステン」 「はい!」 「顔役のお前も話し合いには参加しなさい」 「……そのことなのですが、俺……私の他に姉のメーナも同席させてください。私に何かあったときは、姉に事業を引き付いてもらう事となっております」 「構わないよ。では二名には通行証と身分証を発行するよう伝えておく。島のため、そこで生きる人々の為に励みなさい」 「はい!」 「ランバート、原石をあと二組用意して加工しておきなさい。ジェームダル、クシュナートにも使者を出す。シウス、それを持ってお前はジェームダルのアルブレヒト王へ謁見し、此度の事を伝えてあの場所に砦を築く事への同意を得てきなさい。目と鼻の先に他国の砦が新たに出来るのは、あまりいい気分のしないことだ」 「はっ」  伝えるべき事を伝え終え、カールは退出していく。だがその前にと、彼は意地悪な顔でランバートを見た。 「それと、今回の事をジョシュアが知ったら悔しがるだろうね」 「!」 「精々頑張る事だよ、ランバート」  思い切り笑いながら出て行ったカールを僅かだが恨めしく思いつつも、自ら決断して行った事の為言い訳も言い逃れも不可能。早ければ今夜にでも呼び出しがかかり、父ジョシュアと兄アレクシスに怒られるのだろうな。  だがまぁ、思い描いた通りにはなったのだ。そのくらいは耐えよう。 「まったく、とんでもない物が出てきてしまったなえ」  大任を任されたシウスの溜息は深い。が、悪い顔はしていなかった。  それはファウストも同じなのだが……多分、後日別件で怒られるだろうな。そんな事を、隣で放心状態のステンを見て思った。 「だがまさか、あの場所に砦を置くことが出来るとはな。軍事としては何よりの吉報だ」 「あぁ、まったくだ。早速父に話を通しておく。建設予定地の概算の為にもな」 「これで目障りなウェールズの動きに海上からも目を光らせる事ができよう。あの辺りでは私掠船が我が国やジェームダルの商船を襲って金品を奪っているという話もある。これ以上の被害など見過ごせぬわ」  印象やよし。これで一番大きな肩の荷は降りたに違いない。  ふっと息を吐いたランバートはようやく一つ満足に笑うのだった。
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