波間に消ゆ

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▼トビー  突然の敵襲が経験の浅い隊員の動きを混乱に落とし込んでいる。普段ならこんなことにはならない。いつも船に乗るメンバーは同じだ、本来は。  ピアースの代わりに甲板に出たトビーは初めてしっかりと現場を目視した。左側から二艘のガレオン船がこちらへ向かい攻撃をしている。横っ腹を突かれる形だ。それに対してこちらは後手に回っている。  風は外海から帝国側へと弱い追い風。だが潮は帝国側から外海へと向かっている。現在、潮の流れの方がやや優勢で速度が出ない。このまま帝国側へと向かって行っても速度に乗れない。  一応、寝ていた隊員を叩き起こして三層目に向かわせオールを持たせ漕ぐように言っている。だがそれでもほんの少しの助けでしかない。風の力があればマシだが、今はそれも期待できない。  このままじゃ間違いなく劣勢を覆せない。大砲の飛距離はあっても長時間はもたない。何より訓練後で砲弾の数も減っている。部下の練度も甘く心がへし折れる。  どうすべきが考える。そこに、相棒の声が聞こえた。 「トビー!」 「!」  操舵用の高い位置にいるトレヴァーの声に顔を上げたトビーに、彼はニッと笑う。不適に、挑戦的に。つまりこのまま逃げなど考えていない。むしろ、既に少しずつ動いている。その思惑を読んだ。 「帆を畳め! 左舷オール調整、右舷頑張れ! 大砲、左舷側に集中しろ!」  トビーの声に隊員が慌てて動く。ささやか程度の風に頼る事を止め、船は大きく左側へと回ろうとしている。逃げるのではなく迎え撃つのだ。  それを感じたのか、敵船も同じように逃げを打とうとするがそれを許しはしない。大砲が火を噴き幾つかが大きく揺れて船体に穴を開ける。やや沈みかけている状況でようやく船は旗を揚げた。  黒地に髑髏、海賊旗だ。  だが、誰がそれを信じる。白々しい嘘などついてもバレバレなんだ。ルアテ島の海賊達がそうバンバン大砲を撃ち込めるはずがない。しかもこの精度の大砲を持てるわけがない。日々生きる事に一杯の奴らは最新の大砲など買わない。そんなものに金を使うなら少しでも多くの食べ物を、薬を求めるんだ。  何より、商船に偽装した武装ガレオン船なんて奴らは考えはしないんだよ。 「ウェールズの船による領海侵犯だ! 一切の容赦は不要!」  トレヴァーの言葉に隊員も声を上げてそれぞれの仕事をする。逃げの手を打ったガレオン船が逃げようとするが、穴を開けられた船はバランスが崩れた所に急角度での旋回が仇となったのだろう。見る間に船は傾き横転した。  その横をトビー達が通り過ぎ、逃げる船に追いつき砲撃をしかける。相手側も応戦してくるが明らかに勢いがそげた。 「トレヴァー、白鯨戦に切り替えろ!」 「接近用意! 標的は敵ガレオン船!」  トレヴァーが少しずつ相手側へと船を寄せていく。左舷がドンッと相手の船に当たりそうになる。相手に対してこちらは大きく安定している。当たり負けはあっちだ。  衝撃と木の軋む音がする中、トビーは真っ先に相手方へと乗り移り甲板の上にいる奴らへと仕掛けた。 「お前達は帝国の領海を侵している。大人しく降伏するのなら捕縛する。抵抗するなら容赦はしない!」  甲板にいた数人が慌てた顔をしたが、それで言うことを聞くような奴らじゃない。一斉に剣を抜くのを見てトビーも剣を握った。  船上の戦いは足場の悪さもあってどっしり踏ん張る重い感じではいられない。常に感覚でバランスを取る必要がある。ある意味遠距離攻撃の方が適しているとも言える。  槍を使うウルバスやトレヴァーに対し、トビーは剣の方が馴染んだ。  突進するような奴の足をひっかけて転倒させ、他からの奴は横一線の斬撃で剣を飛ばす。その後素早く沈み込み足を払えばこちらも転ぶ。 「野郎!」  重い棘のついた鉄球に鎖のついた武器。モーニングスターと呼ばれる凶悪なものだ。こんなのが直撃したら骨が砕ける。それを仲間もいる中で振り回す馬鹿を、トビーは冷静に見ていた。  こいつは振り回した遠心力も使って横合いから敵を打ち付ける。だが同時に先端の鉄球は重く繊細な動きはできない。結果、攻撃は単調で一度放てば手元に戻すのに隙が出来る。それを見切ればいいだけだ。  凶悪な鉄球がトビー目指して投げられる。狙いは悪くないが、こちらは鬼上司ウルバスと軍神ファウストの手ほどきを受けているんだ。こんなもの、当たるわけがない!  鉄球がトビーの所へ到達するよりも先にトビーは踏み込んだ。脇を棘のついた鉄球が通り過ぎていく。素早い動きは鉄球を戻すよりも速く敵へと到達し、鋭い切っ先は男の筋を綺麗に切った。 「ぎゃぁぁぁぁ!」  悲鳴を上げてのたうつ巨漢を足蹴に、トビーは更に甲板を駆ける。第二には劣るがこれでも素早い。間を抜いて、その間に武器を弾き飛ばして。  そのうちに帝国側から更に増援が駆けつけ、船は早々に制圧できた。  安心して息を吐き、腕や首を回して自身の船へと戻ってきたトビーにトレヴァーが笑ってハイタッチをする。そうして一息ついたと思った矢先、背後で隊員の悲鳴にも似た怒号が起こった。 「トビー先輩!」 「!」  声に気づいて振り向くのと、巨漢が全力で体当たりしたのは同時だった。  船縁だったのも悪かったし、何より相手は己の保身など考えていなかった。体は弾き飛ばされるように縁を越えて暗い海へ。巨漢の男も腕に縄を掛けられたまま一緒に落ちていく。  衝撃と、痛みと、冷たい水。真っ逆さまに落ちたトビーは全身に感じる痛みから、完全に気を失ってしまった。
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