肉うどんの拘り

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 本当に残念だ。  彼女の食べ方には、全く持って色気が無い。  眺めていて、ソソるものがまるっきり無いのだ。 「どう言う意味?」  葉子は僕に尋ねた。  だから僕は懇切丁寧に教えてやった。 「良いか、肉うどんってのは、それだけでソソる食い物なんだよ。分かるかな、肉でうどんだ。それだけで背筋がゾクゾクしないかい?」 「しないわ」  なぜだろう? まあ、いいか。 「肉、汁、テカテカあるいはテラテラ、白い、艶、ムチムチ、シコシコ、すする。どうだい?」 「……何言ってんの?」  伝わらないな。  まあ、いいか。  本題はここからだし。 「この肉うどんの理想的な食べ方。そのポイントは三つある。まず、麺はズルズルじゃダメだ。もっと短いストロークが良い。例えるならそう、ツルルッて感じね。そして、汁は音を立てて飲んじゃダメ。強いて言うなら、ツゥッて感じかな。肉の食べ方についてはお任せするけど、上品な方が良いけど、そこは大きな問題じゃない。大切なのは、唇についた脂だ。肉のせいでほら、脂が浮いていただろ? それでテカテカになった……、いや、この場合はテラテラって言うべきかな、ツヤツヤっていう表現でも良いかも……いや、やっぱりテラテラにしよう。とにかく、そうなった唇をね、ペロリって舐めるんだ。出来るだけ、小さめに出した舌でペロリってね。できればその時、目線はこっちに向けて欲しい。ああゴメン、出来ればじゃないや、絶対にだ。分かる? で、君の食べ方は何一つ、この基準に達していなかったんだよ。おまけに肉うどんの何たるかを理解してもらえない様じゃ、俺達この先やっていけないと思う。別れよう」 「死ね、変態」  葉子はそのまま店を出て行ってしまった。  仕方なく俺は二人分の会計を済ませて店を出て、虚しく一人の部屋に帰って来たというわけだ。  死ね、変態は心に刺さる言葉だが、縁が無かったと思えば諦めもつく。  というか、別れ話をしただけで死ねってのはどうだろう。  それだけ愛されていたって事?  だとしたら申し訳ないけれど、まあ、彼女は良い子だしすぐに次の男が見つかるだろう。
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