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幸せになりたいの
朝、出勤しようと玄関の扉を開けると、目の前に元カノが立っていた。
オレはしくじった口笛のように「ひゅっ」と短い悲鳴を漏らすと、逃げるために玄関の扉を閉めようとした。
しかし、その手を掴まれる。
骨と皮しかついていないような細い腕なのに、元カノは凄い力だった。抗うことが出来ず、オレは玄関の外に引き摺り出された。
元カノが、顔をグイッと寄せてくる。
「私ね、幸せになりたいの」
目が完全にイッている。このままだと何をされるか分かったもんじゃない。オレはコイツを何とか宥めようと必死になって言葉を探した。
「へ、へー、そうなんだ…」
「うん、そーなの」
間髪入れずに返答が来た。同時に、胸ぐらを掴まれる。鼻先がくっつく程に顔を寄せてくる。
「幸せになりたい。今すぐなりたいの」
「な、なればいいんじゃないかなぁ…」
「うん、そーする」
元カノがそう言った瞬間、腹に焼けるような痛みを覚えた。
包丁が突き刺さっていた。
ひいっ、と悲鳴を漏らす間もなく、元カノは包丁を引き抜く。そして何度も何度もオレの身体に包丁を突き刺していく。
「幸せになりたい。幸せになりたいの。幸せにしてよ。アンタがこの世から消えてくれれば、私は幸せになれるの。だからーー」
ーーーねぇ、死んでよ。
元カノは狂った笑みを浮かべてそう言った。
ああ、なんで
なんでオレがこんな酷い目に遭わなくちゃいけないんだ?
こんなの間違っている。
ひどい、ひどいよ。
ただちょっと、コイツには金のために風俗で働いて貰ってただけじゃないか?
別れたのだってコイツがヤバイ病気をもらったからだ。
仕方ないじゃないか?
全部コイツの不注意のせいじゃん。
オレ、何にも悪くないじゃん。
なのに、なんでオレはこんなところで死ななくちゃいけないんだ?
理不尽すぎる。
こんなのってないよ。
オレはただーー
「幸せになりたかったんだ」
包丁が振り下ろされた。
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