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二人の結婚の日
受領の結婚の日が来た。
「今日は受領が来る日なの?」
「ええ、そうですね」
部屋でそわそわする美香子。落ち着きのない松風。どちらも、心は上の空で、先ほどから縫物も片付けも間違ってばかりいる。
「結婚って、三日夜の餅を食べるのが結婚なのですよ、姫様」
この時代の結婚は、婿が嫁のところに夜、忍んで来て、結婚となる。
それらの用意が全部、若い婿や娘に出来るわけもなく、親が結婚相手の文を選ぶところから、ぜんぶ親が仕切っているのだ。
だから、最初に通ってくる時も、親が認めているという状況である。だから、翌朝の披露宴の用意の前日から用意が出来ていて、すんなりと開催される。
貴族の結婚というのは、たいていそういうものだ。
その第一日目。
右大臣家の姫君のところに受領が来る。
結婚の当日なのだから、受領は良い着物を来て、香を焚きしめ、うやうやしく家臣たちにかしずかれて、家の中に厳かに入ってくるだろう。一応、お忍びでの往来ということで、皆、知らぬふりをするが、ほとんど全員、その日に何が行われるかは知っている。
(今日の当日のこととて、右大臣家の決定が覆ることも考えられず、もはや、ここまで来たからには、受領の結婚も滞りなく行われるだろうか)
自分の結婚話で知りたい三日続いて行う結婚、祝言など結婚のことを、受領の結婚で知るとは思わなかった。
そういうオチでしたか・・・我ながら、関心する落ちぶれっぷりで。
「姫様・・・・」
松風はそれ以上話が出来なくなり、日暮れまで、その件についてはどちらも口を開かなかった。
日が暮れて、室の明かりが灯る頃、美香子は開けた蔀の窓から外をのぞいた。けれど、いつもと同じく誰の気配もない。部屋の蔀を閉めた。
「松風、もう寝るわ、私」
「え、もうですか、まだ戌の刻にもなってないですけど」
「寝るったら寝るの」
「はあ、分りました」
松風は困りながらも、褥を用意してくれた。
「では、明かりも消しますわね。姫様が寝るなら、私ももう寝ます」
「うん、ねえ、松風」
「はい?」
「明日、起きたら、ここを出て行こうか?」
松風もうなづいた。
「分りましたわ。女房も、警備も蹴った押して、出て行きましょう。御馳走も家具も全部揃っているところですが、何やら辛気臭いところですわ。うっ憤晴らしに、南都にでも行きましょうか」
「そうね、そうしましょう」
美香子がにっこりし、松風も明かりを消した。
松風が日課の片づけをしに部屋を出ていくと、美香子は暗い部屋の中、布団を顔まで被り、天井を見上げた。
(今頃・・・)
考えると、泪が溢れた。
止そう。考えても仕方ない。
極力悪いことは考えないようにして、美香子は寝た。寝ようとした。けれど、どうしても寝れない。意識を楽しいことや昔の思い出に向けて今の現実を考えないようにするが、寝れない。といって、眠りは来ていて、頭の中はぼんやりする。それでも、寝れなくて、眠いのに眠れない。眠らせない罰を受けているみたいだった。何度も寝返りを打って、そのたびに、まだ朝でないのかと確かめた。
(行かないで)
それでもうとうととしていただろうか。夢を見た。
受領が、暗闇の中を歩き、妻訪つまどいをする。二人とも夫婦になって微笑み合って、幸せそうで・・・その後、受領は高貴で美しい若い女性と手をつなぎ合って、どこかへ行ってしまうのだ。
(行かないで、源殿)
手を伸ばした時、目が覚めた。胸がどきどきして、汗をかいていた。夢のせいか、後悔のせいか、胸が痛かった。
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