変転、入れ違い、タイミング

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 いつ頃からだろう。受領から文が来るようになったのは。 (都人はいくらでも噂するから、私が父も母も亡くして、貧乏な暮らしをしていると聞いて、受領も、私の身分が欲しくなったのかしら)  たいてい都人の噂は千里を駆ける。近辺の地方役人たちには即日届いて不思議ではない。高貴な娘が貧しい暮らしをしているのは、下級貴族らの好機の的だ。 (付き人の中年男の伝言ぐらいしかないから、相手の意図が分からないまま、なんとなく、物を受け取ったり、返事を書いたりしてきたけれど、・・・)  相手の目的は分からない。受領の家の父親がそう言うのだろうか。 (どこのどなたか知りませんが・・・)  受け取った文の数はかなり多かったけれど、嫌なものはなかった。連絡事項の伝達ばかりで、付き合うとか結婚の話はぜんぜんそういう、遠慮したというか、ぜんぶ、気を使った文だった。でも、藤の花が添えられた紙で書かれたものや、良い匂いのついた文だったから、嫌な気になることはなかった。  なるはずはない。気を使われて。何か不足はありませんかと優しい言葉をかけられて。 (いったい、どういう目的で、私に近づいたのだろう?)  顔も知らぬ、目的も知らぬ人の元へ歩んでいく道で、美香子の胸は相手の想像ばかりだった。  痩せた背の高い人と、勝手に想像して、橋のたもとできょろきょろと探すが、どこにもいない。 「姫様、受領、来ていますか?」 「分からない、どこかにいる?」  美香子の想像するのは、風格があり、凛々しい若者の姿だ。  だが、その日、その時刻、反り橋では誰も若い人は通りかからなかった。日が暮れて、どんどんと人通りは少なくなっていく。 (果たして、自分が受領のもとに嫁ぐことで、受領の家は納得するだろうか)  待つ間、いろいろな考えが頭をよぎった。世間の評判はどうなるだろう。  受領も生活が決して裕福ではないのに、美香子の家に資金を送るのは負担だろう。旅の路銀はあったのだろうか。  朝廷から位階を与えられているから、日々の努めがあるはず。なのに、わざわざ来てくれるとは、どういう風の吹き回しだろう?何かあったのか。  それほど、美香子の姿を見たくなったのか。 (いきなり、変だわね)  きょろきょろと周りを見る一瞬の間、美香子は考えつくかぎりのことは考えた。
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