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「道端にお立ちになる可憐な花の君、あなたが美香子姫ですね」
すっと、そのとき、白い百合の花が美香子の鼻先に差し出された。
「美しい。この大輪の百合の花よりも、美しい」
「あなたは・・・誰ですか?」
「なに、あなたを慕う者ですよ。文を差し上げたでしょう?」
「文?ええ、たしかに、はい」
「可愛い、可憐な姫君。ずっとあなたのような姫を求めていました。私の心を、あなたはぎゅっと締めました。きっと私達は運命の糸でつなぎあわされているのです。先の院のゆかりの姫君と聞きます。私とあなたは似合いの男と女、これからうまくやりましょう、私達は」
(ええ、この人が受領なのかしら?)
花とともに手を握られて、美香子は面食らった。背が高い男だし、痩せていて、美形で、知性的だ。美香子のイメージと合う。だが、どことなく、違う気もする。
(な、何か、金の匂いがする)
控え目な直衣姿だが、うっすらと緑と赤の色合わせをしていて、綺麗な紋様が入っているし、布地も高級そうだ。
「ええと、あなたが今まで、文を書いてくれた受領の方ですか?」
「受領?ふふふ、そのような者ではありません。あなたをもっと幸せに、良い暮らしもさせてやれる男です。そんなの目ではありません。気になさらず、私のことだけを考えていればよろしい」
「と言って、あの、あなたはいったい」
「私は右大臣家の息子です。朝廷から信頼されて参内もしています。仕事も順調、お上の信頼も得て、おそばで仕えております。今後も何の心配もありません。あるのは、私が心をかける想い人と巡り合わないこと。ですが、今日、あなたと会ってそれは解消されました」
右大臣家と言えば、政治を差配していて、帝と国の左右を決めてしまう家柄だ。権力の中心にいて、そこに逆らうと朝廷では生き抜けない。結婚でさえも、断るなどあり得ない。どんな家でも、喜んで娘を差し出すぐらいだ。
(え?右大臣家の息子?)
受領と思って来たのに、右大臣家の息子?では、美香子は面食らった。
「あなたが私をこの苦難の世から救い出してくれました。もう、離れたくない。いや、あなたを離さない」
おまけにいきなり美香子にぞっこんだ。
「え・・・?」
「さっそくですが、あなたの家に行きましょう」
「い、家ですか?」
離さない手、美香子を見る目つきで、家に招いたら危ないのでないかと、美香子の勘が働いた。政府でも高官、都でも上に立つ者はいないくらいの家だ。何とか、断るにいても、失礼がないようにと思いながら、美香子は言った。
「あ、あの、私の家は、あのような家ですから、人を招くのにご用意がぜんぜん整ってないのです。お茶の一つもお出しできませんし、夜の明かりもないも同然です。高貴なあなたを招いたら失礼なことになります」
「ははは、確かに」
意外やぼろ屋の活躍。
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