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「なに、心配いりません。なら、このまま私の家に行きましょう。私の家なら茶でもお菓子でも何でもお出ししますよ、部屋もたくさんあるのです」
断ったというのに、息子はさらに上を行く解答をしてきた。
「え?あなたの、家へ?」
「言ったでしょう。私はあなたを離さないのです。もう会った以上、あなたを離したくない。私が良いというまで、あなたは私のものとなるのです」
「ええと、そう言われても、その・・・私は、私のことを大事に思ってくれる方の文かと思って、その方の文と信じてここに来たので」
「文?文ぐらい、誰でも差し上げる。その人が書いたのも文なら、私の書いたのも文です」
「でも、私は、その人と文を取り交わす仲なのです」
「だったら、私もあなたへ文を送った。私もあなたと文を取り交わす人間です。私もあなたの想い人です、姫、なぜそのように、区別なさるのです、後から来たのも、先もないでありませんか、この思いを取り交わす道は」
(確かに。文を取り交わしただけの関係なら、この人とも同じとも言える。先でも後からでも、違いはない。本当の恋人になれるのは一人)
勝手に優しく思いやりがある人と思い込んでいるけど、向こうの目的は単に、上級貴族と結婚して、身分の高い縁戚になりたいだけかもしれない。そうだとしたら、受領こそ間違っては選んではならない相手だ。
いったい自分は誰を思うべきなのか。考えたら分からなくなった。
「なに、単なる私の友達として、家に来たらいい。それとも、私をあの家に招いてくれるのですか?温かい飲み物など、飲みたいのですが」
「頭中将様が所望されておられるのを、断るのは失礼ですぞ」
お付きの警護の男も加勢してきた。どちら側からも挟まれて、美香子は困った。
「いえ、うちは、その・・・」
ぼろ屋で、とうてい、人を招くような用意はない。ましてや、位階の高い右大臣家の子息などに、お出しするものは何一つもない。やはり、貧乏は困る。来られては、飲み物一つすら出せない。
「ああ、腰も痛くなって来たな、少し休みたい。では、私の家に行きましょう」
「え、でも、しかし」
「言っては何ですが、あなたの家では私をもてなすものも出ないでしょう。ですが、私の家なら、飲み物も食べ物もたくさんあるし、部屋もいっぱいあります。あとの話は、私の家へ、夜も更けてまいります。警護の兵士に見とがめられたら、内裏への私の仕事にも支障が出ますから」
「それは、私が大変ご迷惑をおかけするお話ですけど、ですが、ご招待すべき私が、あなたの家へついていくなどとなると・・・」
「いいでないですか、私は構いません。とりあえず、私の家で、お食事などをしましょう。後の話は、うちでゆっくりと話し合いを」
(どう返事を返そう)
これ以上断ると、上の身分の者だし失礼になってきた。
松風を見ると、こくこくと頷いている。姫様、行きなされと言っているようだ。
都で一番身分の良い家だ。受領でも勧めたのだ。都一など、黄金の山と同じ。松風にとっては垂涎の的なのだ。
(姫様行きなさいませ。相手は右大臣家の息子。金持ちになれます)
でも、本当に、この人の家に行っていいのかしら?
考えたら考えるほど、分からなくなった。
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