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馬が入って来る前庭が見える建物から、東の対のほうをのぞくと、建物をつなぐ柱と柱の間から、馬と共に歩く知らぬ男の姿が見える。
若草色の直衣姿で、受領と分かった。
(まさか、こんな場で会うとは思わなかった)
痩せていて背が高い。意思の強そうな黒い目には力と小熊のようなつぶらな黒い輝きがあり、鼻筋の通った鼻、なだらかな輪郭と、整った顔立ちをしている。
(想像した通りの人だ)
全体的に、気品があって凛としている。本来ならもっと温和なやわらかな印象の男性だが、大勢の右大臣家の家人に囲まれて緊張しているせいか、顔立ちが引き締まっている。
(せっかく会えたのに・・・)
美香子が思っていた通りの人だったのに。
分かっていたけれど、見たと同時に、激しい衝撃を受けた。
(私がここにいて、右大臣家の息子の庇護を受けているなどと知れたら、受領にどう思われるだろう?)
ここから走って逃げたい。今こそ、自分が今いる場を後悔した。
と、そのとき、受領がふいっと目線を浮かして、きょろきょろとして、すいっとこちらに顔が向いたとき、美香子と目が合った。
(・・・え?)
受領はまじまじと美香子を見て、大きく目を見開いた。それは明らかに、美香子だと分かった表情だった。
その後、暗い表情に落ち、美香子を射貫くほど強い視線で見つめ、すぐにくっと表情を歪めると、背を向けて歩いていった。
(あの人は、私がこにいることを・・・!)
怒りにも憎しみにも似た暗いものが、美香子を貫いた。
あの目は恨みの目だ。
(一般的には愛だの慈悲だのが最善とされるが、世間というのはせちがらいもの。金で決めたり、裏切ったりが当たり前のように横行している。私という人間ももそうなのかと)
そう、受領は思ったのだろう。そういう目だ。
せっかく美香子に目をかけて、援助もしたのに、権力と金のあるほうへ行ったんだなという目。呆れたのだ。結局、金かという・・・
どこかから、美香子がここに世話になっていることを聞いたのだろう。
そして、今、己の目で確かめた。
柱の陰からこっそりと見ている女だから、美香子だと分かった。女房たちや下の者と美香子の着物は色合いや装飾で違いがあり、上の身分の者は見たら分かる。右大臣家の本物の姫君の令嬢の高貴さとも違う。だから、機敏な男なら、一発で見抜いただろう。
何を考えていいのか分からなくなって、美香子は自室に戻り、へなへなと敷畳の上に座り込んだ。
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