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「あなたはなぜ、頭中将と結婚することにしたのだ?私との文をやりとりしながら、結局、あなたも家柄で選んだのですか?」
受領は怒っている。当然だ。今まで文を出せないから音信不通だった。それが、いきなり右大臣家の家で厄介になっていると判明。当然、金持ちに乗り換えたと思われるだろう。
美香子は受領に会いに行くと思って、家を出たのだ。
受領からの文だと思って
今さら、そう言ったところで、受領が信じてくれるだろうか。
右大臣家に入って厄介になって、数か月と長い。誰が信じるだろう。
(責められて当然だ。この人は責めに来たのだ)
怒られることはしたのだ。責めは受けて当然ではある。
「そのような、そのようなことはありません」
だが、本当のことを伝えよう。伝えたら、受領は分かってくれる。はずだ。
「家柄で選ぶなどしておりません。私はただ、文を、私を大事に思ってくれる方の文を運命と思い、その方を大切にしたいと、ただそれだけを思って生きていました」
「なら、なぜ、右大臣様の家にいるのだ?」
「それは、なぜかこのようなことになって、あちらが外に出してくれないからです」
「貴族の姫君だから外へは安易に出せないのは当然。そのような言い訳がましいことを言って、誰が信じる?私などもう、つなぎとめても不用なくせに、この家の召人になって、あなたは何がしたい?」
受領のこわいろが変わった。
やっぱり、世間では美香子のようなものは愛人と思われているのだ。受領もそう思っている。何もないのに・・・
「私は、あなたを本気でもらう受けようとした。あなたが嫌がるなら、私も無理じいはすまいと、このような身分だから、付け届けも最小限に、文も連絡だけにした。けれど、私は本気で・・・」
受領は厳しさを残しながら、遠い目をする。
「小さい頃、このあたりに住んでいて、東山に参拝するあなたの姿を見た。その時から、私はあなたに、憧れていたのだ。だから、私はあなたをもらい受けたかった・・・」
受領のぽつりぽつりと語る背中に、本気が漂うのを感じた。
(子供の頃・・・?)
父母が疫病でなくなる前だ。家族で毎年、東山に行っていたのだ。国司は元都人だから、受領ももともと都に住んでいたのだろう。
(あの頃の父母の思い出は、私の中でも一番良い思い出だ。あの時の姿を、受領が見ていたのだ)
都では多くの人が行き交う。その中に、受領もいたのだ。
(本当にこの人は私を愛していたのだ)
本当は、私もそれを知っていたのに・・・どうしてここにいるのだろう?
「なのに、あなたは、私の気持ちを踏みにじった」
受領と同じことを共感したというに、悲惨なことだった。
私って、最低っ・・・自分でもそうなじりたかった。
美香子が失ったはるか昔の幸せな思い出は美香子を幸せな場所へ連れていってくれるが、同時に、目の前の現実が打ち消しもする。
美香子は、体の中が冷たくなった。
「踏みにじるつもりは、ありませんでした」
「なかった?なら、今のあなたは何なのだ?あなたは私を足蹴にしたのだ。だから、私はあなたを許さない」
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