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「・・・でも、右大臣家の亜子様は・・・?」
「お断りします。私が結婚したいのは、あなたですから」
「でも、頭中将様にも、右大臣家にも怒られやしませんか?」
「それは今日、このことが発覚すれば大騒ぎでしょうが、大丈夫。ちゃんとお断りします。私が結婚したいのは、あなただと言います。あなたのことを隠していたのですから、頭中将の弱みは握ってます」
「わ、私?」
「世間に知られたら、頭中将が邪魔しようとしたと言われます。下級の役人相手など、右大臣家は対面が悪い。内裏勤めは何かと評判を気にするものです」
無邪気に言う受領に、美香子は胸が熱くなった。
本当に自分が愛されていると気づいた。
良かったと安堵した。
誤解が解けて、美香子への怒りが解けて。
受領は美香子の手を取った。
「美香子殿、これから、私と二人でどこか遠くへ行きませんか。とてもつつましい暮らしになるかもしれないけど、あなたに不自由はさせませんから」
もう色々思い寄らないことばかりで、胸がいっぱいだ。
右大臣家に逆らってまで、美香子のところへ来てくれた。この人は野心家でもない、出世欲もない。ただ一筋に、美香子を愛してくれる人だ。
それが分かって、美香子は嬉しかった。
確かに、三日通って正式な結婚だ。今日は正式な結婚の初日。
今日は美香子の結婚日となった。
美香子は嬉しく、受領を見上げた。
盆と正月がいっぺんに来たというが、本日がそうだ。全部がいっぺんに来た。
嬉しいけれど、どう返事していいのか、大切な相手だけど、どうしていいのか。心が一杯なのに、出来ることは分からないことばかりで分からない。
文ではすらすら書けることも、現実ではとっつかえるものだ。
「はい・・・」
美香子はどきまぎしながら返事を返した。
文字のように簡単には形に出来ない。
ただ、愛しいと思う。どこまでも、どこまでも、行けるところまで、二人で行きたいと思う。
遠い常世の国まで、この世の果てまでも、二人で、幸せを得に、飛んで行きたい。どこまでも行ける文のように、遠くへ。
確かに、見えない糸で結ばれた運命を感じながら、美香子は返事をした。
(了)
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