変転、入れ違い、タイミング

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変転、入れ違い、タイミング

 姿は微行(しのび)の直衣だが、乗り物の車は品が良く、しぐさも微笑みも高貴そうな振る舞いが見られる男が、随身と二人いた。  無冠の貴族に見えるが、従う家来のうやうやしさも並大抵ではないし、粗末そうな服もよく見れば高級そうである。 「うへえ、若様、こんなところに、人がいますか?」  そこは土塀の壁に囲まれ、檜屋根が反り返った立派な邸宅だった。はず。  しかし、長い間放置されていて、屋根からは雑草が生え、庭にはヨモギが生えと、雑草が伸び放題で、そこに人が住んでいるとは到底思われなかった。 「いるらしい」   一方の高貴そうな男が答えた。正体は、右大臣家の息子の頭中将(とうのちゅうじょう)である。見目麗しい男性で、その恵まれた生まれと才覚からも自信に溢れていた。  もう一人は、警護のために雇っている武士の忠義(ただよし)だ。こっそりと柱の影にて、聞いた。 「本当に、この中に文を持っていくのですか?」 「庭には人が歩いた跡があるし、何やら気配もする」 「ムササビか、ツルかの間違いでないですか?」 「そんなわけなかろう」  手下がふざけているのを主人は気を悪くしたふうで、顔をしかめたが、特に注意はしなかった。 「いいから、行け」 「でも・・・こんな場所の女性とどうするおつもりなのですか?」 「なかなか、良い質問をするでないか」  今度は高貴な身分の殿方は、不敵に笑い、扇で口元を隠した。 「なかなか評判の美人と聞く。美しい女なら、我がものにしてくれる。もしも、ひなびた貧乏貴族の娘なら、私の思うままに、好みにしてくれよう」 「あ、どっちでも、若様のお手がつくというわけですか」  軽口を叩ける間柄だが、とてもこの主に家臣は叶わない。 「いいから、早く行って来い」 「でも、こんな家の中に一人で行くのは嫌です」 「ほら、何か動いた。やはり、誰かいるぞ」 「本当ですか?」  若様第一の身内の家来は、言われるほうをのぞいた。 「ほら、奥のほうも、心なしか、明かりが漏れている」
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