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二人はしばし、考え、どうするのが良いか、考えた。
「その方は受領ですの?」
「分からない。違う気もするけど、もしも、受領なら、行かなければ、諦められてしまう」
美香子の返事を聞いて、嬉しくなった松風は、朗らかに美香子に言った。
「姫様、やる気になってくれて、ありがとうございます。では、ちょいと出ていきますか?おそらく、姫様のお姿を見たいのでないかしら。ちょっと厚かましいお願いではあるけれど、少しぐらい、いうことを聞いてやればいいですわ。姫様もお気持ちはあると、その方にもお伝えできますし。ちょっと変な要求ですけれど、貴族の姫君がどこかの屋敷で落ち合うなどよくあることです。屋敷なら、その、お手がつくかもしれませんから、危ないですが、外なら、まあ会うだけで済むでしょう。会うだけで会うなら、別段、どなたでも構いませんでないですか。あいさつ程度でも済みますし、案外そっちのほうが、簡単で、やりやすいですわ。受領でなければ、丁寧に辞退すればいいだけですし」
「お手ってやあね。いくら何でも、恋の文を取り交わした間がらでもないのに」
「わかりませんよ、早急な殿方は、恋する姫を見たら、いきなりとか聞きますしね」
「いきなりとか止めて」
「まあ、とにかく、姫様、行きましょう」
「そうね、受領と違えば、断ればいいだけだしね。外なら断わりやすいわね、追いかけて来たら、家に逃げ帰ればいいだけだし」
汚い、怖いと思われる家も、案外使い道もあるもので、意外と、この屋敷も要塞化して良いのでないだろうかとまで、美香子は思った。外で話し合いをするだけなど、よくある事。それがよく知らない相手としても、重要でなければ、挨拶して通り過ぎても良いことだ。
「そうと決まれば、ことは早いほうがいいですわ。あまり夜が更けてからだと、警備に捕まりますし、そこらへんを歩いて、いなかったらそれでいいし、義理は果たしたとも言えますわ」
「なら、行きましょうか」
「一つ問題がありますわ」
「何?」
「着ていくお着物がないってことです」
「それは、仕方ないわね」
「しかし、それでは・・・」
松風は美香子の晴れの日ということで、身なりや着物のことなどを考えてくれた。
いよいよ受領と会う。もしそうなら、その機会に、恋慕う娘としては綺麗に着飾っているものである。だが、美香子の家には美しい着物のひと揃えなどがあるわけがない。あっても、野良仕事をする麻の一そろいぐらいだった。だが、これが、一応、外への外出着としては使えて、歩きやすいし、必要とあって何枚か用意して残していた。松風の分まであった。
「姫様、ありましたわ」
「あら、まあ、これは何というか」
一応外を歩く服装は、奇跡的に新品の着物で用意できた。外を歩く用の白いうすものをかけた市姫笠も、貧乏暮らしで滅多に使わないから綺麗に残っている。それも身につけると、美香子を見目良い感じに仕立てることが出来た。
「姫様、綺麗ですわ」
さすがに高価な紅などは用意できなかったけれど、肌が陶器のように綺麗で、紅もささずとも見目良い容姿をした美香子だから、化粧せずとも十分美しかった。結果的に、美香子はぱりっとした美しい姫君に一時戻ることが出来た。貴族の美しい姫君として復帰したように思えて、松風は喜んだ。
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