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ありし日の記憶①
15年前。
都心の著名な駅から十数分ほど歩いたところに広がる閑静な住宅街のひとつに、新築の淡い色調の戸建てが加わってから、まだ1ヶ月も経たない頃だった。
左右に並ぶ既存の隣家に劣らぬ居住スペースを持つだろうそれは、普通車三台分停められそうなガレージがあるものの、自家用車を所有していないのかシャッターが開いたまま空っぽの景観を露出させ、庭木も玄関先のオブジェも何ひとつ無い、殺風景な外観で佇んでいる。
その戸内では、やはり数日前に都下から越して来たばかりの若い親子が、なにやら慌ただしくリビングとクローゼットルームを行き来していた。
「ああっ…どれもしっくりこない!」
家人の髙城 結子は、そうため息交じりに漏らしながら、クローゼットからセットアップやらワンピースやらを運び出し、リビングの姿見の前で身体に合わせてはL字ソファへ放る。
数日前、引っ越し用段ボールから大量の衣類を引っ張り出し、疲れ果てながらも選別・分類して収納したばかりだというのに、まるで振り出しに戻るかのように次々に引っ張り出しては、首を横に振って肩を落とす。
そんな彼女のスリッパの駆ける音が始終響く中、クローゼットルームの隅っこには、手を襟元で動かしながら壁とにらめっこしている小さな少年の姿があった。
視線の先にあったのは壁ではなく、結子がアクセサリーを着ける時に使っている大きな卓上ミラーで、それを床へ下ろして正座し、胸元のリボンタイの結び目を食い入るように見つめ、短い指をたどたどしく動かしている。
やがて満足がいったのか息をつくと、鏡を戻し、止まない嘆息の聞こえてくるリビングへ向かう。
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