ありし日の記憶①

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「お母さん、よういができました」 「!!」 その舌足らずながらも教育の行き届いた声掛けに、結子(ユイコ)はこの世の終わりが訪れたような形相で振り向く。 「蒼矢(ソウヤ)ぁっ、どうしよう、決められないの…!!」 「今日はごあいさつだけですから、どれをきていってもだいじょうぶだと思います」 「…そうよね、そうだけどっ…でもっ…」 「おやくそくの時間まで、あと30分です」 「っ…!」 置時計を胸の前で両手に持ち、上目遣いで見つめてくる息子・蒼矢の愛らしい姿に、我に返ったのか結子は散々たるソファへと視線を向け、それぞれ合わせるバッグを持ちながら両手に一着ずつ、彼の前に差し出した。 「…どっちか選んで頂戴! それに決めるから…!!」 「こっちで」 「わかった!!」 顔色ひとつ変えない息子の即答を受け、結子は恥じらいをかなぐり捨ててその場で脱ぎ始める。 蒼矢はすぐに母から背を向けると、置時計を元あった戸棚の上へ戻す。 そして結子がかろうじて用意していた持ち物一式を選んだバッグへ詰め込み、マッハで着替えを終えた彼女へと手渡した。 「ありがと~、蒼矢。…! 待って」 結子は受け取ったバッグを置いてしゃがみ、蒼矢の胸元へ触れる。 「ごめんね…私が結ぶって言ったのに、やらせちゃったわね。…直してもいいかしら?」 「おねがいします」 自分が服選びに夢中になっている最中、ひとり苦戦しながらリボンタイを結んでいたのだろう幼い息子の健気さに胸を打たれながら、結子は結び直してあげる。
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