ありし日の記憶①

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「ごめんください」 「はーい!」 暖簾から小首を傾げながら店の奥へ声を掛けると、すぐに景気の良い返事が返ってきて、濃紺の前掛けに小花柄の三角巾姿の女性が店先まで顔を出した。 「いらっしゃい、お酒ですか?」 「ええ。赤ワインと…、…何か欲しいものある?」 結子(ユイコ)の問いかけに、蒼矢(ソウヤ)は黙ったまま首を横に振ってみせる。 彼女の挙動に視線を動かされ、蒼矢へと行きついた酒屋の女性は目を丸くした。 「あらまぁ…可愛い子だねぇ! …えっと?」 「あ、息子(・・)です。蒼矢、ご挨拶しましょう」 「はじめまして、たかしろそうやです」 「母の結子です」 「まぁまぁご丁寧に…花房 珠代(ハナブサ タマヨ)です。このお店でお酒売ってるのよ。お酒だけじゃなくて、調味料とか…ジュースも」 そう言いながら、酒屋の女将・珠代は陳列棚から瓶ジュースをひとつ取り、蒼矢の手に持たせてやる。 驚きながらも頬を染める蒼矢の表情を見、珠代はにっこり笑った。 「子供が遠慮しちゃいけないよ」 「いいんですか?」 「ほんのサービスですから。ところであなた方、この辺りじゃ見ない顔だけど、どこかからお出掛けかしら?」 「いえ、実は越して来たばかりで…この子がこれから通う幼稚園へ挨拶に行ってきた帰りなんです。家はこちらのすぐ近くです」 「あら。おいくつ?」 「4歳です。早生まれなので、学年は5歳ですけど」 「うちの子と同い年じゃないの。M幼稚園じゃないですか?」 「! そこです」 「まー奇遇。でも蒼矢くんは、うちの(・・・)とは正反対みたいねぇ。…毎日毎日うるさいし泥まみれだし、絵に描いたようなじゃりん子で、もう手に負えなくて負えなくて…」 「元気なお子さんなんですねぇ」 「過ぎるんですよ。…あら、」 そう母ふたりで会話を交わしていると、外で車が店脇の車庫へ入る音が聞こえてくる。 やがて、体格のいい男が腕に少年をぶら下げながら、暖簾をはたいて中へ入ってきた。 「帰ったぞー」 軽トラで出先から戻った花房酒店店主・(カイ)は、狭い店内にそぐわない声量を響かせ、長身を揺らしながら大股で近付いてくる。 初見の結子が大男をぽかんと見上げる中、珠代は彼をじろりと睨んだ。 「あんた。帰ってくる時は勝手口からっていつも言ってるだろ」 「固いこと言うなってー」 「お客さん来てるんだよ」 「! あぁっ…すんません、こりゃとんだ失礼を…いらっしゃい」 珠代の注意に、結子の存在にはたと気づいた快は、慌てふためきながらぺこりとお辞儀した。 やや気圧されている結子と能天気な夫の間に入り、珠代は渋い顔で双方を引き合わせる。 「…亭主です。こちら髙城さん。最近近くに越して来たんだって」 「そりゃあいい! じゃあこれからお得意様だ。どうですか、個人酒屋ですからね、結構珍しい地酒とかクラフトビールとかも置いてるんですよ。そうそう、これとか…」 「! へぇ…いいですね。夫はよく地方へ出張に行くんですけど、下戸なもので地酒の類は送ってきてくれなくて…」
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