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「ごめんください」
「はーい!」
暖簾から小首を傾げながら店の奥へ声を掛けると、すぐに景気の良い返事が返ってきて、濃紺の前掛けに小花柄の三角巾姿の女性が店先まで顔を出した。
「いらっしゃい、お酒ですか?」
「ええ。赤ワインと…、…何か欲しいものある?」
結子の問いかけに、蒼矢は黙ったまま首を横に振ってみせる。
彼女の挙動に視線を動かされ、蒼矢へと行きついた酒屋の女性は目を丸くした。
「あらまぁ…可愛い子だねぇ! …えっと?」
「あ、息子です。蒼矢、ご挨拶しましょう」
「はじめまして、たかしろそうやです」
「母の結子です」
「まぁまぁご丁寧に…花房 珠代です。このお店でお酒売ってるのよ。お酒だけじゃなくて、調味料とか…ジュースも」
そう言いながら、酒屋の女将・珠代は陳列棚から瓶ジュースをひとつ取り、蒼矢の手に持たせてやる。
驚きながらも頬を染める蒼矢の表情を見、珠代はにっこり笑った。
「子供が遠慮しちゃいけないよ」
「いいんですか?」
「ほんのサービスですから。ところであなた方、この辺りじゃ見ない顔だけど、どこかからお出掛けかしら?」
「いえ、実は越して来たばかりで…この子がこれから通う幼稚園へ挨拶に行ってきた帰りなんです。家はこちらのすぐ近くです」
「あら。おいくつ?」
「4歳です。早生まれなので、学年は5歳ですけど」
「うちの子と同い年じゃないの。M幼稚園じゃないですか?」
「! そこです」
「まー奇遇。でも蒼矢くんは、うちのとは正反対みたいねぇ。…毎日毎日うるさいし泥まみれだし、絵に描いたようなじゃりん子で、もう手に負えなくて負えなくて…」
「元気なお子さんなんですねぇ」
「過ぎるんですよ。…あら、」
そう母ふたりで会話を交わしていると、外で車が店脇の車庫へ入る音が聞こえてくる。
やがて、体格のいい男が腕に少年をぶら下げながら、暖簾をはたいて中へ入ってきた。
「帰ったぞー」
軽トラで出先から戻った花房酒店店主・快は、狭い店内にそぐわない声量を響かせ、長身を揺らしながら大股で近付いてくる。
初見の結子が大男をぽかんと見上げる中、珠代は彼をじろりと睨んだ。
「あんた。帰ってくる時は勝手口からっていつも言ってるだろ」
「固いこと言うなってー」
「お客さん来てるんだよ」
「! あぁっ…すんません、こりゃとんだ失礼を…いらっしゃい」
珠代の注意に、結子の存在にはたと気づいた快は、慌てふためきながらぺこりとお辞儀した。
やや気圧されている結子と能天気な夫の間に入り、珠代は渋い顔で双方を引き合わせる。
「…亭主です。こちら髙城さん。最近近くに越して来たんだって」
「そりゃあいい! じゃあこれからお得意様だ。どうですか、個人酒屋ですからね、結構珍しい地酒とかクラフトビールとかも置いてるんですよ。そうそう、これとか…」
「! へぇ…いいですね。夫はよく地方へ出張に行くんですけど、下戸なもので地酒の類は送ってきてくれなくて…」
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